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『東大なんて入らなきゃよかった』

この本を読んだ↓

だいぶ面白かった。

読んだ感想として、
長所は、
・情報のまとめ方がうまい
・取材してる相手の質がむちゃくちゃ高い
・仕事うつなど、東大以外でもリアルな現代の話があちこちに
・文章がうまい
・読み物として面白い

短所は、
・タイトル、帯のコピーは単なるはったり(本気じゃない)
・出てくる東大生のパターンがすべてではない
・面白いイラストが入ってない
・著者プロフィールがもうちょい詳しいレベルでほしかった

などかな。順番に説明していこう。

・情報のまとめ方がむちゃくちゃうまい

東大内格差は大きい

著者は穏やかな人みたいで、あんま押しつけがましくない。なので、読んでるときはあまり意識しなかったんだけど、読み終えたあと、自分が同じテーマで書こうとしたらどうまとめただろう?って考えてみたら、むちゃくちゃうまかった。

1~2章が総論的な説明で、東大生ってどんな感じなの?という紹介となってる。ここが非常に上手かった。東大生は①天才型②秀才型③要領型に分かれるという分類もうまい。

著者は、自分は約3割ほどの要領型として、「東大までの人」はこのタイプが多いとしてる。まーわかるよね。ただし、受験テクニックだけの要領型は確かにそうだけど、人生で要領がいいのはむちゃくちゃ大事なことで、世間一般で仕事ができるといったときに要領の良さは比重が高いと思う。なので、①天才型②秀才型③受験テク型と分類したならわかる。実際、テストがやたら得意な人っているんだよ。

なお、俺は要領もよくないので②秀才型だったんだと思う。今は勤勉でも勉強家でもないので「昔は秀才だったけど今は単なるオッサン型」だ。

東大は文系も理系も、大量の文章を読まされて、大量に記述させられる入試だから、記述が得意な人じゃないと受からない、東大生は書くのが得意と書かれてあって、すげー納得いった。ダースーとか、お知らせさんとか、東大理系卒の人たちが、なぜあんなに文章が上手いんだ?と思ってたけど、東大理系に入学する時点で、書くのが得意な人たちなんだな。

2章は、東大に入ってからの競争も厳しく、そこで挫折する人も多いという話。これ俺の時代はそうでもなかったんだよね。

東大って進む専攻学科を入学後に選べる珍しい形態を取っている。工学部、理学部、文学部、教育学部、教養学部などは、入学後の成績で進む学科を選べる。みんなが行きたい学科は必要な点数も高い。その競争は昔から激しかった。

しかし、ほぼ全員がそのまま希望した学科に進める法学部、経済学部、医学部などは、まったく勉強しないやつが多く、チャラチャラしてるのはだいたいそういうやつらだった。

そのだらけっぷりに東大当局が危機感を持ち、そういうグータラ学科のやつらもちゃんと勉強しなきゃいけないシステムに変更したんだよね。俺が卒業して10年か20年後に。だから今は入学後もけっこう厳しい。

あと、入学後に天才型に会って、自分は凡人だったと痛感させられるというのは、文系と理系の差も大きいと思う。理系って才能の差がむき出しになるからさ。俺はそういうのあまりなかったなーと思ったけど、出てくる実例を読むと、確かにこりゃきついわ。さっぱり理解できない数学の講義を、数学オリンピックに出場したクラスメイトは嬉々として受けていて、外国人講師に配慮して英語で話していた、なんて実例を見るとね。

理系、語学に関しては、すごいやつってすごい。あとね、情報通信の発達によって、格差はどんどん広がってる。受験勉強しかしてこなかったやつと、入学前から様々な文化資本を蓄積してるやつの差は昔より大きい。これは地域格差もある。通信は地域を飛び越すはずなんだけど、結果として大都市に住んでる方がいろんな刺激を受け、どんどん発達するね。

・取材してる相手の質がむちゃくちゃ高い

こういう本っていっぱい実例が出てくるもんだけど、それが少ない。ただ、重要なパターンが押さえられてて、個々の具体的なエピソードが濃いのよ。

地方出身&貧乏家庭出身

地方出身で、すげー金がなくて、なにもかも歯が立たなかったというサークルの先輩、宮須さん。

父親がまともな勤め人じゃなかったから、就職するってことがどういうことなのか本当に知らなかったんだ。会社への入り方が分からなかった。情弱にもほどがあるよね。
東大で人間には生まれ持った「格」にちがいがあることを思い知ったよ。俺には生まれながらにして金もコネもなかった。そのことがはっきり分かったら、なにもかもやる気がなくなったんだよね。
東大に入ろうと思ったのが不幸のはじまりだね。俺は東京に出てくるべきじゃなかった。長崎から出ないで、高校を卒業したらすぐに家の近所の自動車修理工場で働けばよかったよ。

実際、地方出身で、生活のためのバイトに追われる人はきついと思う。同級生と同じような学生生活は送れない。金がないだけじゃなく、文化資本も違いすぎる。

「車輪の下」みたいな話だわ。「車輪の下」って、昔のドイツの名作文学で、貧しい家庭出身のハンスだったかヨハンだったかは、貴族の子ばっかの秀才学校に入って、真面目に頑張ったのに、最後は死んで川に浮かんじゃうんだよね。昔はこういう階級格差の名作ってあった。最近も若いやつは日常の貧困ばっか描くようになってきてるみたいね。

この人はまさにこの本のタイトル通り、東大に入らなきゃ良かったって人だけど、出てくる東大卒の実例のうち、真に東大に入らなきゃ良かったと思ってそうなのは、この人だけって感じがする。

メガバンク勤務の悲哀

銀行員の加瀬さん。ウェイ系のやつらに営業成績ではまるでかなわず、慶応出の先輩2人にいじめられ、うつになって、ある日、目が覚めたら指1本動かせなくなってて、会社に電話することもできなくなってたと。

深夜3時に「死にたい」ってラインを毎回寄こしたり、週に3回もうんこをもらしたり、加瀬さんのしんどさはリアルだわ。

東大法学部から、勝ちの進路は司法か官僚で、銀行は負けだからなー。司法&官僚の人気ダウンによって、今はそんな状況も変わってきてるみたいだけど。

都内のルノアールでくつろいでいると、時々ネットワークビジネスの勧誘現場に出くわすじゃない。しばらく聞き耳を立てていれば分かるんだけど、勧誘している側もされている側もたいてい慶応の学生なんだよね。

ここを読んだときは爆笑してしまった。なんという力強い慶応dis(≧▽≦)

東大vs慶応の戦いってあるよな。知り合いの東大卒女性からも、東大っていうと、慶応卒の老人に絡まれて困るって聞いたことがある。早稲田は聞かない。

ここ文脈としては、ネットワークビジネスを馬鹿にしてるわけじゃなくて、学生時代からそんな営業をやってたやつに、コミュ障の東大出が勝てるわけないって話なんだけどね。

官僚の激務

官僚の川上さん。東大卒の典型的なパターンのひとつ。

激務すぎて、プライドだけが心の支えだと。

国会での答弁は官僚が作文するから、前日の夕方に翌日の質問内容が来ると、必然的に徹夜になる。こういうのって、無駄だから全部やめちゃえよって思ってたけど、答弁として記録に残していくことに意味があると語られてて、なるほどと思った。

ただねー、与党と野党がバトるために激務になるって、根本的には意味ないので、コップの中の嵐じゃね?と思ってしまうんだよな。そこで激務でも、コップの外には生きてないよと。

長時間労働、理不尽なパワハラ、安い給料。東大卒のキャリア官僚は減少傾向とのことだけど、辞めた方がいいよ。みんな我慢は止めよう。

市役所に就職したら激しいいじめが

兵庫県の市役所職員となって、いじめられた吉岡さん。この記事↓の前半の方に出てくるやつだよね。

この記事↑は、本書をネタ元にそのまま再構成したものなのね。最近そういう記事を見かけるよな。

直属の上司と部内の先輩が関西大学出身で、それまで高学歴で頭がいい人とされてたのに、そこに東大卒が入ることになった。

だいぶいじめられた。いじめるのは品性が低い行為だけど、ここでしか生きていけない人たちは、ここじゃなくても生きていけると思ってる人が入ってきたら怒るよね。

1年で退職して、腕一本でやっていける仕事に就こうと思って医学部を再受験することにして合格。

吉岡さんの医学部合格後、キャリアの積み上げに失敗した元同級生たちも続々とやってきて、その地方大学医学部で派閥化した。

所属しているゼミの教授からは「うちは君たちが人生を再出発するためにやたらと便利に使うような場所じゃないんだぞ」と言われてますけれど。
キャリアの積み上げに失敗した東大卒業生にとって、地方大学の医学部は人生の再生工場といったところだろうか。

人生の再生工場ってすごいよなw

人文系博士課程の絶望

大学院の博士課程を出ると就職先がなくなるオーバードクター問題。そんな前島さん。

これは東大の問題というよりも、日本の大学院全体の問題だな。博士号は、足の裏の米粒と言われる。取っても食えないけど、取らないと気持ちが悪いと。

個人的な興味なんだけど、この前島さんの研究の挫折の話は興味深かった。彼女は青池保子の「エロイカより愛をこめて」という漫画にはまって、ヨーロッパのとある地方の中世社会史を研究テーマにした。マイナー地域だから資料が少なくて、卒論はそれを読みこんで書いた。2ヵ月の現地調査を行って修士論文も書いた。そこから先がうまくいかなかったと。指導教官とうまくいかなくて。

この人はもう博士課程を辞めようというときに、この本のインタビューを受けた。

まったく別の人で、宗教史研究者で、素晴らしい成果を挙げていた女性研究者が、それでも就職できず、結婚生活も破綻し、明るい人だったのに自殺しちゃった事件が2016年にあった。人文系ではあれほど成果を出してる人でも就職できなかったと、多くの人を絶望させた。参考↓

元学習漫画家、現警備員

学習漫画家&警備員の齋藤さん。じつは俺が一番印象的だったのはこの人だった。だいぶ特殊な人だと思うけど。

齋藤さんは大学卒業後に独学で絵のスキルを身につけたという。その練習方法は実にユニークだ。彼は東大の図書館で歴史の資料集を大量に借りてきて、そこに載ってる宗教絵画を片っ端から模写したのだそうだ。
「漫画家になりたいやつの大半は好きな漫画やアニメの模写から入るらしいけど、そんな練習で描けるようになるのは手本にした漫画やアニメの劣化コピーだよね。
どうせ同じだけ手を動かすなら、歴史がその価値を認めたような絵を模写するべきだと思うな。上等な絵を手本にするだけで、そのあたりにいる漫画家よりもよっぽどいい絵が描けるようになるもんだよ。
大学を卒業して学習漫画でも描こうと思い立ってから、そういう絵の練習を1日10時間、1年間続けたんだよね。それくらいやれば、よっぽど不器用な人じゃない限り、美しい線を引けるようになると思うよ。

この人の漫画について、著者はこう書いている↓

電子化されていた何冊かの著作をその場でダウンロードして読んでみて驚いた。漫画は絵だけで成立するものでもないが、少なくとも絵に関しては僕が出版社の編集者だったころに担当したどの漫画家よりも達者だったのだ。彼の画風はよくある漫画絵ではなく、どちらかといえば写実画に近かった。

ね、すごくない? 俺はこの本ではこの部分に一番感銘を受けた。んで、東大生って優秀なんだなーと改めて思ったわ。

この人はキャリア戦略が下手で、今では描いた学習漫画はほぼ絶版になってるし、警備員として年収200万円くらいの生活なんだけどね。

この絵を見たい!と思ってアマゾンをいろいろ検索したけど、見つからないんだよな。ペンネームを使ってるのか。

この人の話は、何事も小手先じゃなくて根本を追及して鬼打ちすることだって感じだよね。①根本を追及、②鬼打ち、この2つは何かを成そうとするときの2大要素なんじゃないか。改めてそんなことを思わされる。

こうやって出てきた東大卒のパターンを列挙してみると、質がとにかく高い。1人の人がそのパターンをすげー見事に代表してる。その一方で、個人性もちゃんとあって、生の声がある。

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