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【中国文学1930s】老舎『駱駝祥子』~100年前のギグ・ワーカー~

 今から100年ほど前、中国に軍閥が割拠していた時代だったころの北京。当時の北京で、最も主要な市内の交通手段は、人がひく人力車だった。

 北京出身の文豪・老舎(ラオ・ショー、ろう・しゃ、1899-1966)に、人力車夫の青年を描いた『駱駝祥子』という作品がある。

 人力車夫の「祥子(シアンズ)」は、わずかな収入を積み立てて、3年かけて100元を貯め、ついに自分の人力車を手に入れた。

 百円ありさえすれば車をもてるのだ。日に十銭残してゆけば、百円なら千日。千日だ。彼はそうとっさに考えた。千日、それは想像もつかぬほどさきのことに思えたが、彼は「やってやるぞ」と思った。「千日であろうと、一万日であろうと、おれは車を買ってやるぞ」と。(中略)彼はタバコも吸わなければ、酒も飲まないし、ばくちもやらない。これといった道楽はなし、係果もない。自分ひとり歯をくいしばってがんばりさえすれば、なにごとだってできないということはないのだ。

老舎、立間祥介訳『駱駝祥子』岩波書店、1980年、15ページ。

 祥子は努力して手に入れた人力車をひいて仕事に出るが、あるとき戦争のうわさが広まる。かまわずに仕事に出た祥子は、軍閥の兵隊に遭遇し、大切な人力車を奪われ、彼自身も人夫として使われる。なんとかして脱出し、兵隊が荷物運びに使っていた駱駝を連れて帰ったため、「駱駝(らくだ)の祥子」というあだ名をつけられる。
 人力車を貸し出している店に戻ると、店長の娘「虎娘」が彼を誘惑した。虎娘は仕事がよくできたが、気が強く顔も醜いので、中年までずっと独身を通していた。
 屋敷のお抱え車夫として働き始めた祥子。ある日、虎娘がやってきて、妊娠したから結婚しろと迫るのだった。人力車夫の収入では家族を養えない。作品には、年を取ってぼろぼろになっても家族のため車を引き続ける車夫が登場する。

 年ごろは五十すぎで、ぼろぼろになったつんつるてんの綿入れを着ていたが、襟(えり)や肘(ひじ)からは綿がはみだしていた。顔はもう何日も洗っていないらしく、まっ黒で、耳ばかりが寒さで熟柿(じゅくし)のようにまっ赤になっていた。ほろぼろの帽子の下からは乱れた白髪がはみだし、眉や短いひげの先には氷の玉がこびりついていた。
 (中略)
 祥子はまっさきにでていった。老車夫の車が見たかったからだ。
 ひどい車だった。泥よけの漆はひびだらけ、梶棒はすれて木目がでていたし、ランプは分解寸前のがひとつあるきり、幌(ほろ)の支柱は縄でしばりつけてあるという代物である。小馬児(シアオマール)〔老車夫の孫〕が帽子の裏側からマッチ棒をとりだして布靴の底でシュッとすり、小さなまっ黒な手でかこいながら、ランプに火をつけた。老車夫は手にペッと唾を吐きかけると、ヨッと梶棒をあげた。

老舎、立間祥介訳『駱駝祥子』岩波書店、1980年、160ページ。

 祥子の没落がはじまった。 

 当時の人力車夫には、決まった雇い主のもと「お抱え」で生活する車夫と、自分の車を持っている車夫と、一日ごとに損料を払って「車宿」から「貸車」を借りる車夫がいた。街中で客待ちをする車夫は、自身の裁量で自由に働き、運賃も客との交渉で決める。しかし、誰でも始められる肉体労働であるため、競合も多く収入は極めて少なかったという。

  10数年も前に、わたしが初めてこの本を読んだときは、古びたノスタルジーしか読み取れなかった。当時、すでにフリーターが社会問題になり、『蟹工船』ブームが起きたが、労働問題とは『蟹工船』のように閉鎖的な場所で起こる、低賃金・重労働の問題だというイメージがあった。祥子のような自由だが極貧の労働者を想像できなかったのである。
 しかし、今読み返してみると、作中の人力車夫はギグワーカーの境遇と重なる。自由をうたいつつ、低賃金で立場の弱い労働者。家庭を持つには不安定で低すぎる収入。ネットショッピングが生み出した大量の荷物を運ぶ配達員の苦境はたびたび報道される。
 100年前の祥子は、街角で客待ちをするしかなかったが、今やスマホという最新鋭のツールを介して、同じようなことが起きている。一度消滅したはずの社会問題が、いままたリアリティを持って出現している。
 
 以前、授業でこの作品を紹介したところ、努力したにもかかわらず落ちぶれてゆく祥子の姿に、学生たちもいたく共感を示した――

 そう思って家に帰ったらアマゾンの忘れていた注文の不在票が入っていた。自分も人が人を食う社会の一員だったのだ。

参考文献

・ 老舎、立間祥介訳『駱駝祥子』岩波書店、1980年。
・ 舒乙、林芳編訳『文豪老舎の生涯』中央公論社、1995年。
・ リディア・リウ、中里見敬訳「ホモ・エコノミクスと小説的リアリズムの問題」『言語文化論究』13、2001年。
・ 高峡「人力車の北京――『駱駝祥子』と都市交通――」『野草』第83号、2009年、118-9頁。

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