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センセイ、ドーゾ

「アーソン」というニンジャがいます。
私は彼のことがどうにもこうにも好きでして、彼の紹介記事を書くためにnoteを開いてこの文章を打っています。
しかし困ったことに、文章を打てば打つほど、彼をどのように紹介すればいいのかわからなくなってきてしまいました。何のことはありません、ネタバレになりますが彼はかなりあっけなく死んでしまうのです。

ニンジャスレイヤーとは文字通り、ニンジャを殺す者の物語であり、ニンジャを殺す物語であり、ニンジャが殺される物語であります。
とりわけ第1部「ネオサイタマ炎上」において主人公の敵となるニンジャ達の殺されっぷりは実に景気のいいものでして、回転寿司に例えるならエピソードは皿、敵ニンジャはその上の寿司といったところでしょうか。まるでレーンを流れてくるかの如く次々と現れては主人公のパンチやキックやチョップやスリケンでパクパクと葬られていくのです。
アーソンもまた、そんな皿の上の寿司の一貫でありました。

しかもこのアーソンというニンジャ、第1部に登場する敵ニンジャにしては珍しいことに、あまり自己主張が強くないのです。
第1部の敵ニンジャは人の顔面の皮を剥ぐのが好きだとか、ICチップを見ただけでそれを使った拷問を100個は思いつくだとか、全身にタタミ針を突き刺して快感を得ているだとかなんかそんな感じのヤバイのがいっぱいいるのですが、彼は特にそういう尖ったキャラ付けはされていません。
独白などで自身のことを語ったりもしませんし、地の文も彼の外見的な特徴や行動を淡々と述べるだけです。
言動から「こんなキャラクターなのかな?」と推測することは可能でしょうが、彼の人物像を確かなものにすることは出来ません。
私は彼のことがどうにもこうにも好きなのですが、彼の好きなことや趣味はおろか一人称が「俺」なのか「私」なのかすらも知らないのです。切ないことです。

というわけですので、少ない情報から彼がどのような人物であるかを邪推混じりに語るようなことは控えます。
今回は、彼の登場エピソードである「マシン・オブ・ヴェンジェンス」が「ニンジャスレイヤー」という作品においてどのような位置付けか、という出発点から、アーソンというニンジャについて紹介していくこととしましょう。

「ニンジャスレイヤー」のチュートリアル

なんか前置きが長くなってしまいましたが、さっそく「マシン・オブ・ヴェンジェンス」について説明いたします。
詳細な内容は実際にこのエピソードを読んでお確かめ頂くとして、出来る限り簡潔にあらすじを記しますと、

①ニンジャがヤクザを殺す
②ニンジャを主人公(ニンジャスレイヤー)が殺す
③新たなニンジャがニンジャスレイヤーを倒す
④ニンジャスレイヤーが復活して新たなニンジャを殺す

このようにエピソードが進行します。ちなみに①でヤクザを殺して②でニンジャスレイヤーに殺されるニンジャがアーソンです。なんということでしょう、前座です。

このエピソードはニンジャスレイヤー本家アカウントのフォロワー数が4643人を達成した際の記念企画にて、ニンジャスレイヤー初心者向けの読みやすいエピソードとして翻訳されました。
何が初心者向けかというと、このエピソードを読めばニンジャスレイヤーにおける「お約束」というものが概ね理解できるのです。

例えば、物語の舞台であるネオサイタマという都市。
例えば、ヤクザが一般市民を搾取し、ニンジャがヤクザを搾取するというこの世界においての力関係。
例えば、ニンジャとはどのような存在なのか。そしてニンジャスレイヤーとはどのような存在なのか。
例えば、ニンジャスレイヤーのニンジャ殺害にかける暗い情熱。彼が立ち向かう敵の輪郭。
例えば、己の力では勝てないニンジャと相対した時、ニンジャスレイヤーがどのように戦うのか。
暗黒メガコーポ。

これだけの「お約束」が、この1エピソードで概ね語られるのですから、なるほど初心者向けとされるのも納得です。3セクションと読みやすい長さなのも初心者には嬉しいところ。

「ニンジャスレイヤー」の持つ空気感の中に有無を言わさず読者を引き込む「ゼロ・トレラント・サンスイ」を、例えばゲームの導入部とするならば、この作品の構成要素を読者の目の前に並べる「マシン・オブ・ヴェンジェンス」はさしずめチュートリアルといったところでしょうか。

「お約束」がわかるということは、作品の読み方、楽しみ方がわかるということでもあります。
一見しただけではぶっ飛んだ内容でシリアスな笑いを取りに来ているだけにも見えかねないこの作品が、数多の怒り、悲哀、遣る瀬無さ、そして人間の持つ生き汚なさ、泥臭い強さを内包していることは、幾つかのエピソードに目を通していけば自然とわかるのですから、まずは肩の力を抜いて、初期の短いエピソードの幾つかに、騙されたと思って目を通してみましょう。私が実際そうでしたし、そういった意味でもやはり、この作品の楽しみ方を教えてくれる「マシン・オブ・ヴェンジェンス」は初めてニンジャスレイヤーに触れる人におすすめするのにピッタリのエピソードなのです。

アーソンの役割

そんなわけで、マシン・オブ・ヴェンジェンスから読み始めた読者にはアーソンが一番最初にヤクザ虐殺でニンジャの圧倒的な戦闘能力を見せつけることになるわけですが、こうして考えてみると、アーソンというニンジャはなんと、チュートリアルに相応しいキャラクターでありましょうか。

ヤクザの乱射するマシンガンの弾幕を容易く潜り抜け、流れるように殺し、生き残ったヤクザ達を失禁させる彼の手際は、この作品において、銃で武装した程度の非ニンジャではニンジャの相手など到底出来ないということを思い知らせてくれます。
加えて、アーソンの自己主張の控え目さ、これといった尖った特徴の無さは、物語を読み進めるうちに読者の中で彼の存在を普遍的なものに変え、いつしか「ニンジャであればこの程度の動きは当たり前に出来る」という基準になっていくのです。
ここまで来れば彼のことは、もう「ニンジャのお手本」とか呼んでも差し支えないのではないでしょうか。

さらに、この作品に登場するニンジャの多くは「ジツ(術)」と呼ばれる特殊な能力を使って戦います。そして彼も「カトン・ジツ」と呼ばれるジツの使い手です。火遁ですね。
しかし彼の使うカトン・ジツは拳で殴った相手を超自然の発火現象で燃やすという、どちらかといえば魔法とか超能力の類に分類されそうな攻撃です。
恐らくですが、マシン・オブ・ヴェンジェンスを最初に見ることになったニンジャスレイヤー初心者は、彼のジツを見て「ニンジャは忍者とは別の物なのかな?」と察するのではないでしょうか。
違法薬物だのヤクザだの重金属酸性雨だの、生々しいリアリティを持った世界観の中であからさまに不思議な力を操っているわけですから。全く忍ばないし。
ヤクザの「こんな芸当が出来るのはニンジャ以外に無い」という独白も、「ニンジャ≠忍者である」という理解の助けになるかもしれません。

自己主張をあまりせず所属組織の名前を強調するあたりからも「こいつの所属してる組織は相当強大なんだな」というのが読み取れるでしょう。
主人公との戦いっぷりも「こいつくらいの強さのニンジャだと手も足も出ずにニンジャスレイヤーに殺されるんだな」という指標になるでしょう。いやどうでしょう。なるんでしょうか、ちょっとわからないです。私は全然、辛くなったりしてないし大丈夫です。

とにかく、このアーソンというニンジャは、目立った特徴や華々しい戦果こそ有りませんが、ニンジャスレイヤー初心者にとって、ニンジャという存在に対するイメージの基礎となりうる、絵に描いたようなニンジャ、センセイとでも言えるような存在なのです。

ウキヨエアーソンは、よい

さて、ここから一番大事な話をします。というか大丈夫ですか?まだ読んでいただけていますか?どうもありがとうございます。
一番大事な話というのは、「これからニンジャスレイヤーを読む方に、どのマシン・オブ・ヴェンジェンスを読んでいただきたいか」であり、即ち「私がどのアーソンが好きなのか」ということであります。

「何言ってんだこいつ」と思われますでしょうか?「マシン・オブ・ヴェンジェンスとかアーソンっていくつもあるもんなの?」と。ええ、そうなのです。
マシン・オブ・ヴェンジェンスというエピソードは確かに一つしか有りません。しかし4種類存在します。つまり、メディアミックスです。

1つ目はツイッター上で、140字以内に区切って投稿する形で連載された小説、「原作版」
2つ目は原作に加筆修正が加えられ書籍に収録された「物理書籍版」
3つ目はニンジャスレイヤーの3種類のコミカライズのうち、最も原作再現に重きが置かれた、いわゆる「ウキヨエ」にて漫画化された、「ウキヨエ版」
4つ目はアニメ、「ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨン」にて描かれた「シヨン版」

マシン・オブ・ヴェンジェンスには以上の4種類が存在しています。原作版から物理書籍版への加筆修正はそこまで大きなものではないためこの2つは同一と見なしてもいいのかも知れませんが、物理書籍版には登場したニンジャのイラストが解説付きで収録された「登場人物名鑑」なるコーナーが付いているため、別物として扱います。

エピソードの内容自体は何も変わりません。媒体によって多少端折られたりしている部分はありますが、上の方で説明した①〜④の流れが展開されます。
ではこれらで何が違うのかといいますと、アーソンのデザインです。
そもそもニンジャスレイヤーという作品は、原作である小説の中で登場人物の外見的特徴を詳細に記さず想像の余地を残すことで、メディアミックスやファンによる二次創作のデザインに多様性が生まれることを良しとしています。
このアーソンも、原作にて語られている外見的特徴は
「灰色スーツ姿の痩せた男」
「鉄のマスク(メンポ)」
「ダークオレンジのニンジャ装束」
と断片的なものです。
以下に、各媒体でアーソンがどのようなデザインになっているかを紹介します。

これは物理書籍版の登場人物名鑑に描かれているアーソンです。マシン・オブ・ヴェンジェンスは第4巻に収録。このイラストは私が似せて描きました。ニンジャ装束姿が無いのが残念。
小説版のアーソンは文体のためなのか、どことなく台詞に抑揚が少なかったり動作が無機質だったりと、地味ながらどこか得体の知れない印象を漂わせます。
物理書籍のイラスト及びキャラクターデザインを担当されているのはわらいなく先生。先生がよく描かれる、垂れ目の三白眼、いわゆる「サンシタ顔」が文中のアーソンの不気味さと相まって良い味を出していますね。

これはシヨン版のアーソンです。マシン・オブ・ヴェンジェンスは第2話。CVはジョジョの奇妙な冒険でスピードワゴンを演じられた上田燿司氏。このイラストは私が似せて描きました。
「灰色スーツ」という原作での記述を無視するどころか黄緑のスーツに青のシャツ、ピンクのハイライトに装備は赤という、どうかしているとしか思えないカラーリングですがアニメイシヨンに出てくるニンジャはどいつもこいつも似たようなもんなので心配ありません。多様性です。
アニメイシヨンのキャラデザはわらいなく先生のデザインをアレンジしたものになっている場合が多く、このアーソンもなんとなく物理書籍版が原型になっているのがわかりますね。
原作版の無機質な印象から一転、上田燿司氏のドスの効いた演技とちょっと悪くなった目付きとで、「ヤクザの偉い人」みたいな雰囲気が強いです。あとシャウトが独特。非常に表情豊かでどこかコミカル、なんとなく憎めないといった印象を与えます。
シヨンでマシン・オブ・ヴェンジェンスを視聴される方は十中八九第1話の「ボーン・イン・レッド・ブラック」を視聴済でしょうが、第1話から続けて第2話を見ると、アーソンが登場した瞬間に「あっ、この人殺されそう」ってなると思います。タクシーに乗り込んだら「あっこの人殺されるな」ってなります。
ちなみに見せ場であるヤクザを殺す過程は丸々カットされてしまいました。無慈悲。

これはウキヨエ版のアーソンです。記念すべき第1巻が丸々マシン・オブ・ヴェンジェンスであり、アーソンも1ページ目から登場しています。ええ、私は大丈夫です。このイラストは私が似せて描きました。
漫画版という事で、スーツからニンジャ装束への衣装チェンジもしっかりと描かれています。前座扱いのニンジャに衣装バリエーションがあるというのは、改めて考えてみるとなかなか贅沢ですね。
ウキヨエは先にも述べた通り原作再現に重点を置いた作品であり、キャラクターデザインもわらいなく先生のものを使用するのが基本ですが、このエピソードに限っては登場ニンジャのデザインを作画担当の余湖裕輝先生が行なっています。わらいなく先生のデザインが完成する前にウキヨエ版マシン・オブ・ヴェンジェンスの執筆作業が始まったためなのですが、コンテンツの間口を広げるためのコミカライズにて、物理書籍収録済のエピソードではなく、チュートリアル的存在のマシン・オブ・ヴェンジェンスをトップバッターに持って来たのは名采配と言えましょう。
このアーソン、一目でわかることですが、物理書籍版、シヨン版と比較すると圧倒的に「忍者」っぽい見た目をしています。このデザインもまた良い働きをしていまして、初心者が「ニンジャ≠忍者」という認識を受け入れやすくなるのです。例えば初めてニンジャスレイヤーに触れるという人がチュパカブラのイラストと一緒に「バイオテック・イズ・チュパカブラ」とか読ませられたら「え?どのへんが忍者?なに?」みたいになって、頭の中で「にんじゃ」という音がふわふわと浮いて、ニンジャという語に対しても珍妙なイメージを抱いてしまうことでしょう。ウキヨエ版アーソンの忍者っぽいデザインは、「あ、忍者っぽいな」「でも自分の知っている忍者とはなんか違うな」「『ニンジャ』っていうのは『忍者』とは別物なんだな」と、読者の中にある「にんじゃ」という音を「ニンジャ」という認識へ、うまく着地させてくれるわけです。
なによりこのアーソンは最高にかっこいい。初登場シーンの大物感もたまりませんし、ヤクザに挨拶するその1ページだけでもう、この場に居る誰よりも邪悪な存在であるというのがわかる。ヤクザ虐殺シーンも実にスマートでスタイリッシュ。洗練された身のこなしでヤクザに添えるかのような軽いパンチを叩き込むシーンや、見開きでヤクザを燃やすシーンなんて最高です。何千回でも見ていられます。ニンジャスレイヤーとの戦闘も丁寧に、それでいて迫力満点に描かれていて、絶命の瞬間まで余湖先生の技量に圧倒されます。ああ、惜しい。呆気なく殺されてしまうのが非常に惜しい。前座扱いのニンジャなのに、こんなにかっこよくていいのでしょうか?

もうおわかりかと思いますが、私は、マシン・オブ・ヴェンジェンスについてはウキヨエ推しです。3種類のアーソンの中でも、ウキヨエ版アーソンが圧倒的に好きです。アーソン見たさに繰り返し繰り返しウキヨエ第1巻を開いてしまうくらいに、あまりにもかっこいい。他に好きになる理由が要りましょうか。
そして、出来ることなら、これからニンジャスレイヤーを読む方には、ウキヨエ版マシン・オブ・ヴェンジェンスを見ていただきたいと思っています。
原作から読むのが一番望ましい形であるのは重々承知ですし、もし私が何も知らない知人にニンジャスレイヤーを勧めるのであれば、自分の持っている物理書籍第1巻を貸して「最初はよくわからないと思うけどとにかく読んでみてほしい」と言うでしょう。この作品の奥深さはいくつかのエピソードを読む中で気付くものであり、ニンジャスレイヤーという作品の魅力が最大限に発揮されるのは、やはり小説という媒体であると思っているからです。

しかし、もしこれを読んでいる方の中に、「これからニンジャスレイヤーを読み始めようという意思がある」方が居るのならば、そして、もし、これを読んで「マシン・オブ・ヴェンジェンス」に、「アーソン」に、興味を抱いた方が居るのならば、きっとそのような人にこそ、ウキヨエ版マシン・オブ・ヴェンジェンスは、ウキヨエ版アーソンは、チュートリアルとしての価値を最も発揮するはずです。
今これを読んでいる貴方がそうであるならば、是非、まず最初にウキヨエ第1巻に目を通してみてください。この漫画はきっと、貴方がニンジャスレイヤーの世界に足を踏み入れるための最良のチュートリアルであり、アーソンは貴方の良きセンセイとなってくれることでしょう。何より何度もいいますが本当にウキヨエ版アーソンはかっこいいです。本当です。

ここまで読んでくださり、どうもありがとう御座います。この文章がちゃんとしたプレゼンになっているかどうかはわかりません。
でももし貴方がニンジャスレイヤーを知らない方であったなら、この文章で少しでもニンジャスレイヤーに、ひいてはアーソンに、興味を持って頂ければ幸いです。
それでは、よき忍殺ライフを。



ウキヨエ第1巻、お好きな方ドーゾ。

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#DHTPOST #ニンジャソン

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