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創造者最期の夜

 簡素な長方形の板を地面に突き刺して、フリューの墓標にした。
 地面の下には何も埋まっていない。あの子の身体も、自信作の髪も、寝ずに作ってやった服も、一欠片たりとも残りはしなかった。
 フリュー、俺の最高傑作。
 あの子ですらこの「病」から逃れ得ないならば、最早この世界に俺以外の生存者は望めまい。
 朝も夜も忘れた真っ白な空を見上げ、あの子の最期の言葉を思い返す。

——『曙杉』の力は、あなたのために残しておいて。

「そう言われてもね…」
 独り言ちながら、俺は自分の両手に視線を落とした。どちらも、割れた硝子辺を出鱈目に寄せ集めたように変形している。今はまだ辛うじて手の機能を果たしているが、近いうちに、指をどのように動かせばいいのか思い出せなくなり、それが全身に広がり、……俺は、「なくなる」。皆のように。

(この身体であとどのくらい、『曙杉』を使えるだろう)

 今、あれを使って出来ることといえば、身体の崩壊を先送りにするぐらいだが、俺以外全てが死に絶えているであろうこの世界で、その行為に何の意味がある。
 そう頭では思いながらも、フリューのものを含めた無数の墓標に背を向けて、俺の体は『曙杉』へ歩み出していた。

「ドレム!」

 俺しかいないはずの世界で、唐突に、誰かに名を呼ばれる。

 墓標の群れを振り向くと、立ち並ぶそれの間を縫うように、こちらへと駆け寄る小さな人影があった。
 二人の子供だろうか。
 一人はもう一人の背に担がれている。体が小さいということ以外の容姿はわからない。全身の崩壊が進み、もうほとんど、歪な幾何学の集合体のようにしか見えなかった。
 対して、担いでる方の子供は、
 頭のてっぺんから爪先まで、完璧な人間の形を保っている。

「おっさん、あんた、ドレム、ドレムだろう!」
「小僧、なぜ、」
「頼む!」

 俺の言葉を遮り、形を残した方の子供は、今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。

「こいつに身体を創ってくれ!」



【続く】


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