マルチステークホルダー時代のガバナンス

どうも、すべての経済活動を、デジタル化したい福島です。

今回のテーマは、「マルチステークホルダー時代のガバナンス」です。
先日来、銀行預金の不正流出が社会問題化していますが、インターネット社会の進展に伴いサイバー空間とフィジカル空間が融合する現代において、如何にしてガバナンスを構築してていくべきか、考察していきたいと思います。

(金融専門誌「週刊金融財政事情」へも同様の内容を寄稿しております。)

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金融庁が動かしたアンバンドリング

日本経済新聞社と金融庁は今年8月、ブロックチェーン技術についての国際会議「ブロックチェーン・グローバル・ガバナンス・カンファレンス FIN/SUM BB」を開催し、さまざまな金融領域に適用され得るブロックチェーン技術のポテンシャルが熱く語られた。今回は、カンファレンスの題名に盛り込まれた「ガバナンス」に、特に注目したい。

わが国のフィンテックは、家計簿アプリやクラウド会計ソフトから認知されてきたが、そのサービスの前提となる銀行等の口座情報に接続する手法は、当該銀行との合意を得ないスクレイピング方式であった。口座利用者自身の同意によって、ログインIDとパスワードをフィンテック企業に提供したとはいえ、まだ知名度もないスタートアップによる銀行口座へのアクセスが銀行側から遮断されなかったことは、今となっては驚きである。もし遮断されていれば、日本における官民のフィンテックの取り組みは大きく遅れていたであろう。

こうしたスクレイピングが受け入れられた背景には、オープンイノベーションの推進に加え、2017年3月に金融庁が提唱した「顧客本位の業務運営に関する原則」がある。17年5月、森信親金融庁長官(当時)は「CJEB東京カンファレンス」での講演で、産業の中心が資本集約型から知識集約型に移行しており、金融機関が付加価値を創造する上で「顧客本位の業務運営」と「フィンテックによる共通価値の創造」が重要だと訴えた。この提言は、最終的に18年6月施行の改正銀行法に帰着する。この法改正により、それまで非公式であったスクレイピングによるフィンテック企業の銀行口座接続が、口座情報の読み取り機能をAPI(Application Programming Interface)で切り出すことで認められることとなり、金融機能のアンバンドリングは進展した。

金融・非金融の協業に伴う複数組織間のガバナンス

金融機能のアンバンドリングは、金融サービスのイノベーションのみならず、「金融サービスを提供するステークホルダーのアンバンドリング」も意味する。

銀行の入出金明細照会機能を家計簿アプリのマネーフォワードやクラウド会計ソフトのフリーが使い、野村証券や独立系証券会社のフォリオの株式売買機能がLINE上で利用できるようになる。当社も三井物産・三井住友信託銀行・SMBC日興証券と、オルタナティブ資産の証券化を目指す協業を行っている。このように企業規模にかかわらず「非金融領域の事業者と金融機関の提携」が進んでいる。

金融サービスの主流は、「1人のエンドユーザーが利用する一つの金融サービスを、1社が提供する」というシンプルなかたちから、「一つのサービスを複数の企業が作る」あるいは「複数の企業が保持するそれぞれのサービスを一つに組み合わせて提供する」というマルチステークホルダーによる「価値の創造」に変わりつつある(図表)。

〔図表〕マルチステークホルダーでサービスを提供するイメージ

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わが国では「貯蓄から資産形成へ」という悲願がありながら、いまだ個人金融資産のうち現金・預金の割合が5割を超えている。例えば、この領域に「資本集約」に「知識集約」を加えたサービス開発によって、自発的な投資体験ができる新しい価値創造も期待できるだろう。

一方で、新たな価値の創造により、新しいリスクが産声を上げ、新たなガバナンスモデルが必要となる。

“Today, we may be facing the need to think deep on the fundamental issues of trust again.”(今日、われわれは信頼という根本的な問題を深く考える必要に直面している)

森長官の演説から3年、氷見野良三・新長官は本稿冒頭のカンファレンスで、サイバー空間とフィジカル空間が融合するニューノーマルな時代において、政府主導の執行の効力は弱まっていくと予測し、こう述べた。これからは、新しいかたちのガバナンスによる信頼の確立が必要な時代なのだ。

ガバナンスと信頼を担保するブロックチェーン

金融サービスの提供者・機能がアンバンドリングし、マルチステークホルダー化が著しい金融業界で、どのように新しいガバナンスを確立していくのか。

数年おきに発生する不正取引や金融危機とその対策としての規制強化のサイクルは、リスク管理の歴史でもある。各種規制やルールが要請するものは、当然マルチステークホルダーが手掛けるサービスでも変わらない。また、ユーザーからの信頼を失いかけない重要なリスクもある。18年から多発していた暗号資産取引所からの暗号通貨窃取や、キャッシュレスサービスにおける不正出金に代表されるようなサイバーセキュリティーリスクだ。

では、複数組織間のガバナンスをどのようにチェックするか。残念ながら、現時点では従来の「独自フォーマットによるチェックシート」以外に選択肢がないが、これには課題が多い。

第1に、データフォーマットが個社ごとに異なる。第2に、対応したチェック結果が自社内にしか蓄積されない。二重払いならぬ多重監査という想像しただけでも莫大なコストのかかる「共創価値」になりかねない。第3に、双方向ではない。エンドユーザーにサービスを提供する場合、ガバナンスは「メッシュ状」になっている必要がある。つまり、単一方向の信頼ではなく、複数の組織が相互に依拠したバイラテラルな信頼でなければならないが、チェックシートではそれを実現できない。


従って、マルチホルダー化が進む世界では、ガバナンスに対する準拠状態の証明方法が必要になる。例えば、法人監査情報を一元的に管理・読み取るためのマスターデータを共有できるような仕組みが考えられる。当社がコア技術とするブロックチェーンでは、企業間でのデータ共有やトレーサビリティーを念頭に置いた応用的な研究開発を実施している。将来、金融分野にも適用できれば、コストが低いまま、質の高いガバナンスと顧客体験を改善し続けられるだろう。マルチステークホルダーを信頼によって連携させるサービスの提供を目指していきたい。

出典:「週刊金融財政事情」2020年9月14日号掲載、「きんざいOnline」
https://kinzai-online.jp/node/6783

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