花と花瓶

ある女の子が教えてくれた。

お花を花瓶に生ける時、少しずつ茎を切ってお手入れをしてあげる、そして少しずつ短くなっていったお花を違う大きさの花瓶に移してあげる。最後はお皿のような平たい花瓶に生ける。
そしてその子は言った。

お花の最後が枯れていたことはない、と。

私は枯れているといった基準すら曖昧で、もはやドライフラワーなんじゃないかといった具合まで部屋に置き続けてしまう。花瓶の水を変えようと思うとたまに水が空っぽになっていることがある。どういうことなのだろう。あまりにも私に買われるお花が可哀想で、お花屋さんの中をぐるぐる回っては立ち止まったりを繰り返し、結局手ぶらでいつも帰る。

まだ水をあげるということは辛うじてできるようだが、まだまだ水を変えてあげるということは苦手みたいです。

その女の子がこの話をしてくれた時、なんて色っぽいんだろうという言葉が浮かんだのと同時に物凄く自分が薄情な人間のように感じてたまらなくなった。

正直にいうと私は野菜の腐っている、もう食べてはいけないという時期も曖昧だ。なんだか微妙だなと思いながら食べるが多分腐っている。せめて野菜は自分のためにも気が付けるようになりたいと思う。

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