棄てられた者の行方 31

 そのようなことの後だった。宮廷では事件が生じた。ダビデの子アブサロムにタマルという美しい妹がいた。ダビデの長男で、アブサロムとは腹違いの兄であるアムノンはタマルを愛した。しかしタマルは未婚の娘、処女であり、彼女に何かをすること、手出しをするのは、アムノンの目には不可能だった。アムノンは妹タマルへの思いのため、恋煩いで病気になりそうであった。アムノンにはヨナダブという名の、友人(これは「王の友」が王の軍師であったように、王子に助言と補佐をする者の職名であった)としての側近がいた。ヨナダブはダビデの兄弟シムアの息子で非常に賢い男であったので、この立場に置かれていた。ヨナダブはアムノンに言った「王子よ、朝ごとにあなたはどうしてそんなにやつれていくのですか。私に告げてくれませんか」。アムノンは彼に言った「私は兄弟アブサロムの妹タマルを愛しているのだ」。ヨナダブは言った「あなたの寝床に寝て、病いを装いなさい。するとあなたの父上が見舞うために来るでしょう。そうしたら彼に言いなさい『私の妹タマルを来させてください。そして私にパンを食べさせてください。そうすれば、彼女は私が見ている目の前で、食べ物を作ってくれるでしょう。私は彼女の手から食べたいのです』と言ったらどうですか」。アムノンは床に就き、病を装った。王が見舞いに来ると、アムノンは王に言った。「どうか私の妹タマルを来させてください。そうすれば彼女はレビボート菓子(『心』という名の菓子)を二つ作り、私は彼女の手から食べることができます。私はタマルの手から食べたいのです」。早速ダビデはタマルの家に人を遣わして言った「どうかお前の兄アムノの家に行ってくれ。そして彼のために食べ物を作りなさい」。そこでタマルが兄アムノンの家に行くと、彼は床に伏していた。彼女はこね粉を取り、こねて彼の目の前で菓子を作り始めた。そしてレビボート菓子を焼いた。そして平鍋を取り、彼の前であけた。しかしアムノンは食べるのを拒んだ。そして彼は言った「ここにいるすべての者は私のもとから出て行ってくれ」。それで居合わせたすべての者は彼のもとから出て行った。アムノンはタマルに言った「食べ物を寝室に持って来なさい。私はお前の手から食べたい」。そこでタマルは彼女が作ったレビボート菓子を取り、彼の兄弟アムノンのために寝室に持って行った。彼女が食べさせようと彼に近づくと、彼は彼女を掴んで言った。「私の妹よ。来て、私と寝なさい」。彼女は彼に言った「いけません。兄上。私を辱めてはいけません。イスラエルにおいてこのようなことがなされてはならないからです。こんな愚かなことはしてはいけません。この私は私の恥をどこに持って行けるでしょうか。そしてあなたはイスラエルにおいて愚か者の一人になるでしょう。それなら今、王様に仰ってください。王様はあなたに対し、私を引き留めたりなさらないでしょう」。アムノンは一瞬ためらったが、彼女の嘆願を聞こうとはしなかった。彼は「父のダビデも、家来の妻を強姦し、あげくにはその家来を殺害までした。これくらいのことは許される。なにをためらうことがあるか」と思った。アムノンは彼女の言うことを聞かず、力ずくで辱め、彼女を強姦した。しかしそれと同時にアムノンには、自分が肉親を犯したことへの嫌悪感が急に沸き起こり、その感情は激しい憎しみとなってタマルに向けられた。その憎しみは非常に大きく、彼が彼女を愛した愛よりも、彼が彼女を憎んだ憎しみの方がより大きいものだった。アムノンは彼女に言った「立て。出て行け」。彼女は彼に言った「いけません。なぜなら私を去らせるという大きな悪は、あなたが私に対してしたこと以上のものです」。しかし彼は彼女に対し、聞き入れようとはしなかった。彼は自分に仕えている従者を呼んで言った。「この女を私のところから外へ追い出せ。そして彼女の後ろで戸に閂をかけろ」。彼に仕える従者は彼女を外へ追い出した。そして彼女の後ろで閂をかけた。彼女は上着として、未婚の王女が着ることになっていた長袖の上着を着ていたが、そのまとっていた上着を引き裂き、塵を頭にかぶった。そして彼女の手を頭の上に置き、泣き叫びながら歩き続けた。家に帰ると兄アブサロムは彼女に言った。「お前の兄アムノンがお前と一緒だったのか。しかし、私の妹よ。今は黙っていなさい。彼はお前の兄なのだ。このことについては、お前の心に掛けてはならない」。タマルは悲しみと絶望のうちに、兄アブサロムの家でひっそりと住んだ。ダビデ王はこれらのことを全て聞いて、彼に対し非常に怒ったが、アムノンを罰することをしなかった。彼は自分のことを棚に上げてでもアムノンを厳しく裁かなければならない立場だったが、彼を放任した。彼は子供に対してはかつての祭司エリ、サムエルと同様に甘く、特に後継者でもあった息子アムノンにはことのほか甘い父親だった。しかし一方アブサロムはアムノンには、悪いことも良いことも、一切何も語らなかった。彼は妹タマルを辱められ、その沈黙の中に、アムノンへの激しい憎悪を溜めていた。さらに彼は、アムノンの行為を不問にしている父ダビデには、それ以上の憎悪を抱いた。

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