棄てられた者の行方 15

 彼は旅立って行った。そしてヨナタンは町に入った。逃げて難を避けたダビデは、ラマのサムエルのもとに行って、サウルが彼にした全てのことをサムエルに告げた。ダビデへのサウルの病的な行動は、ダビデとサムエルとを結びつける結果を生み、後にサムエルがダビデを王として承認した(ダビデに油を注いだ)という主張の強力な裏付けとなっていくことになる。サムエルとダビデは預言者団のもとに行き、そこにとどまった。ラマの預言者団のもとにダビデがいるとサウルに告げる者があり、サウルはダビデを捕らえたいと思ったが、サムエルと共にいては簡単には手が出せなかった。しかしダビデは居場所がサウルに分かっていては、いつかは追っ手が来て町全体が襲われることを恐れてラマから離れた。そして南西5キロほどにあるノブの祭司アヒメレクのところに立ち寄った。ダビデを不安げに迎えたアヒメレクは、彼に尋ねた。「なぜ、一人なのですか、供はいないのですか」。ダビデは祭司アヒメレクに言った「王は私に一つの事を命じて、『お前を遣わす目的、お前に命じる事を、だれにも気づかれるな』と言われたのです。従者たちには、ある場所で落ち合うよう言いつけてあります。それよりも、何か、パン五個でも手もとにありませんか。ほかに何かあるなら、いただけますか」。祭司はダビデに答えた「手もとに普通のパンはありません。神にささげた聖別されているパンならあります。従者が女を遠ざけているなら差し上げます」。ダビデは祭司に答えて言った。「いつものことですが、私が出陣するときには女を遠ざけています。従者たちは身を清めています。常の遠征でもそうですから、まして今日は、身を清めています」。普通のパンがなかったので、祭司は聖別されたパンをダビデに与えた。パンを供え替える日で、焼きたてのパンに替えて祭壇から取り下げてあった供えのパンしかなかった。しかしそこにはその日、サウルの家臣の一人が滞在していた。名をドエグといってイスラエル南方に接する国、エドムの出身者であった。彼は事の一部始終を見ていた。

 ダビデはそこを立って、ペリシテのアシュドドに来た。それは、当時の世界では、たとえ敵であっても、亡命者は受け入れる習わしがあり、またそのことで有益な情報源を得ることにもなったからである。しかし、アシュドドの王の家臣は言った「この男はかの地の戦士、ダビデではありませんか。この男について皆が踊りながら、『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』と歌ったのです」。ダビデはこの言葉が耳に入り、非常に恐れた。そこで彼は彼らに捕らえられると、人々の前で突然に態度を変え、気が変になったと見せかけ、門の扉の上に爪を立て、髭によだれを垂らした。王は彼のしもべたちに言った「お前たちが見るように、この男は気が変になっている。なぜ連れて来たのだ。私のもとに気のおかしい者が不足しているとでもいうのか。私には気がおかしい者は必要ない。私に対し演じさせるためにこの者を来させたのか。この者が私の家に入るのか」。こうしてダビデは町から追い出され難を逃れた。

 ダビデはアシュドドを出ると、35キロほど南東のアドラムの洞窟に難を避けた。彼の兄弟たちや彼の父の家の全ての者は聞いて、彼のもとに下ってきた。サウルの圧迫がダビデの親族にも及んでいたからであった。また、全て苦しんでいる者、全て重荷を負っている者、また全て心に苦しみがある者は彼のもとに集まった。そしてダビデは彼らの隊長となり、こうして彼らの数は四百人ほどになった。ダビデはヨルダン川の東側、ギレアド地方に隣接する国アンモンに行き、アンモンの王ナハシュに頼んだ「神が私にどうされるのか私が知るまで、私の父と母をあなたのところに来させてください」。ナハシュがサウルに敵意を抱いていたこともあり、ダビデは王の好意を受け、彼らはダビデが砦にいる間中、そこに住んだ。

 預言者のガドがダビデに対して言った「砦に留まっていてはなりません。ユダの地に入って行きなさい」。そこでダビデは行って、ハレトの森と呼ばれている所に入った。サウルは、ダビデとその仲間の者たちの居所を聞かされた。その時サウルは、手に槍を持って、ギベアにある丘のタマリスクの木陰に座っていた。彼の家臣は皆、傍らに立っていた。サウルは傍らに立っている家臣たちに言った。「皆よく聞くがよい。エッサイの息子はお前たち全ての者に畑やぶどう畑を与えるだろうか。千人の長や百人の長に据えるだろうか。お前たち全ては私に対して共謀して、私の息子がエッサイの息子と契約を結んだことを私の耳に告げなかった。お前たちのうちには、私に対して悲しむ者はいなかった。息子が私の家臣のダビデを私に刃向かわせ、今日のように私をねらわせても、憂慮もしないし、私の耳に入れもしない」。その時、エドム人ドエグがサウルのしもべたちとともに立っていた。彼はサウルに取り入るように言った。「私はエッサイの子がノブにいるアヒトブの子アヒメレクのもとに来たのを見ました。アヒメレクは彼のために神に託宣を求め、食糧を与えていました」。王は祭司アヒトブの子アヒメレク、またノブで祭司職にある彼の父の家の全ての者を呼ぶために使者を遣わした。彼らは皆、王のもとに来た。サウルは言った「アヒメレクよ、聞くがよい」。彼は「はい、御主人様」と答えた。サウルは言った「何故、お前はダビデと組んで私に背き、彼にパンを与え、神に託宣を求めてやり、今のように私に刃向かわせ、私をねらわせるようなことをしたのか」。アヒメレクは王に答えた「あなたの家臣の中に、ダビデほど忠実な者がいるでしょうか。ダビデは王様の婿、部隊の隊長、あなたの護衛であり、あなたの家で重んじられている者ではありませんか。彼のため神に託宣を求めたのはあの折が初めてでしょうか。決してそうではありません。このような嫌疑はとんでもないことです。王様、しもべと親族に罪を着せないでください。しもべは事の大小を問わず、何も知らなかったのです」。王は言った「アヒメレクよ、お前もお前の親族も皆、必ず死ななければならない」。そして傍らに立って自分を護衛している兵に命じた。「お前たちは神の祭司たちに向かっていって殺せ。なぜなら彼らはダビデに味方をした。彼らは彼が逃げていることを知っていたが、私の耳に知らせなかった」。だが王の家臣は、手を下して神の祭司を討つことをためらった。そこで王はドエグに、「お前が向かっていき、祭司らを討ち殺せ」と命じたので、彼が祭司たちを討った。彼はその日、祭司八十五人を殺した。また彼は、男から女まで、子供から乳飲み子まで、牛、ろば、羊まで、剣の刃にかけて、祭司の町ノブを討った。しかしアヒトブの子アヒメレクの一人の息子が逃げて難を逃れた。彼の名前はアビアタルという名で、彼はダビデのもとに逃れた。アビアタルは、サウルが祭司たちを殺したことをダビデに伝えた。ダビデはアビアタルに言った「私はその日エドム人ドエグがそこにいたのを知っていた。彼がサウルに告げたのだ。この私があなたの父の家の全ての死にとっての原因となってしまった。私があなたの親族すべての命を奪わせてしまったのだ。私とともにいなさい。恐れるな。あなたの命を求める者は私の命を求める者だ。私とともにいればあなたの命は安全だ」。


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