棄てられた者の行方 11

 サウルの一生を通して、ペリシテ人との激戦が続いた。サウルは軍の司令官を立てた。彼の名はアブネルで、彼はサウルの叔父ネルの息子だった。また、サウルは勇敢な男、戦士を見れば、皆召し抱えた。そして彼は、モアブ、アンモン、エドムの人々、ツォバの王たち、そして彼が対戦する全てのものたちと四方で戦い、勝利して行き、イスラエルの上に王権を確立していった。これを見たサムエルは再びサウルの前に姿を現した。サムエルはサウルに言った「神は私を遣わして、あなたにオリーブ油を注ぎ、神の民イスラエルの王とされた。そこで今、神が呼びかける声を聞きなさい。万軍の神はこう言われる『私はアマレクがイスラエルにした事、民がエジプトから上って来た時、その途中で民に行った事を罰する。今行って、あなたはアマレクを討たねばならない。そしてアマレクに属するもの全てを滅ぼさねばならない。アマレクに対しては容赦してはならない。そして男から女まで、幼児から乳児まで、牛から羊まで、らくだからろばまで殺さねばならない』。このアマレク民族とは、砂漠を拠点とする民族で、度々耕作地帯に侵入しては略奪をする民族だった。イスラエルも苦シムイられていて、憎むべき敵であった。言い伝えによれば、モーセの時代の出エジプトの時も、パレスチナ侵入の進路を妨害し、イスラエルと戦闘したと伝えられていた。サムエルはこの古い言い伝えを持ち出し、神の命令としてアマレク民族を罰し、「 アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。容赦してはならない」と語ったのである。サウルにしてみれば、遠い過去の話ではあったが、これまでアマレクに悩まされてきたのは事実であり、また、いったん失ったサムエルの信頼を取り戻す絶好の機会でもあったのでこの命令に従った。サウルは民を招集した。そして数えたところ歩兵は二十万人おり、ユダの人々も十万人いた。サウルはアマレクの町まできた。そして谷の中で待機した。サウルはその地に寄留していたケニ人たちに言った「去って、離れて行きなさい。アマレクの中から下がって行きなさい。さもないと、私はアマレクと一緒にあなたたちを滅ぼす。あなたたちはイスラエルがエジプトから上ってくる時に、慈しみを行った」。そこでケニ人たちはアマレクの間から離れた。サウルはアマレクをパレスチナ南方砂漠地帯の地域のハウィラからエジプトの前にあるシュルに至るまで討った。彼はアマレクの民を剣の刃で滅ぼしたが、アマレクの王アガグを生け捕った。また、羊や牛、雄羊のうち倍ほども重さのあるより良いもの、全ての価値のあるものを残した。そして財産となる全てのものを強奪して滅ぼさず、価値のないものだけを滅ぼした。サムエルのもとには、サウルの以上の所業とともに「サウルは自分のために戦勝碑を建て、そこからギルガルに向かって下った」との知らせが届いた。サムエルは非常に怒った。そして夜、夢の中で神の言葉がサムエルに臨んで言った「私はサウルを王にしたことを後悔した。彼が私に従うことに背いたからだ。私の言葉を彼は実行しなかった」。それから彼は神に対して夜も眠らないで叫んだ。そしてサムエルは朝になってサウルに語りかけるために立ち上がった。サムエルには語るべきことが、神の言葉として臨んでいた。そしてサウルのもとにサムエルが来た。サムエルがサウルのもとに行くと、サウルは嬉々として出迎えた。サウルは言った「あなたが神に祝福されますように。私は神の言葉通り行いました」。サムエルはサウルに言った「では私の耳の中のこの羊の声は何だ。さらに私に聞こえているのは牛の声だ」。サウルは言った「あなたの神への犠牲とするために、羊、牛の最上のものを、民は生かしたままアマレクから持って来ました。しかし残りのものは滅ぼしました」。サムエルはサウルに言った「やめろ。私は昨夜臨んだ、私への神の言葉をお前に告げる」。サウルは彼に「語ってください」と言った。サムエルは言った「たとえお前は自分の目には小さくても、お前はイスラエル諸部族の長ではないか。神はイスラエルの上の王としてお前に油を注いだ。そして神は進むべき道にお前を遣わして言った『お前は行って、罪人たち、アマレク人たちを滅ぼせ。そしてお前は彼らを絶滅するまでアマレクと戦わねばならない』。どうしてお前は神の声に聞き従わなかったのか。お前は略奪物を貪った。こうしてお前は神の目に悪を行った」。サウルはサムエルに言った「私は神の声に聞き従いました。神が私を遣わした道を歩みました。そして私はアマレクの王アガグを連れてきました。私はアマレクを滅ぼしました。最上の物を略奪物として、ギルガルであなたの神に犠牲とするために、民が取っておいたのです」。サムエルは言った「神にとっては、燔祭や犠牲以上に、神の声に聞き従うことが喜びとなる。すなわち、聞き従うことは犠牲をささげることに勝る。聞き従うことは羊の脂肪に勝る。つまりお前が神の言葉を拒絶したように、神もお前が王であることを拒絶した」。サウルはサムエルに言った「私は罪を犯しました。神が語られたこととあなたの言葉に背きました。私は民を恐れ、彼らの声に聞き従ってしまいました。どうか今、私の罪を赦し、私の顔を立てて、私と一緒に帰ってください。そうして下されば、私は一緒に神を礼拝できるでしょう」。サムエルはサウルに言った「私はお前とは一緒に帰らない。お前が神の言葉を拒絶したからだ。神はイスラエルの上の王であることからお前を拒絶した」。サムエルが身を翻して立ち去ろうとすると、サウルは必死にすがりつき、彼の服を力任せに掴んだ。その瞬間、サムエルの服が大きく裂け、肌が露わになった。サウルはしまったと思ったし、これを見たサムエルの頭にもさらに血が上った。かっとなってサムエルはサウルに言い渡した。「神は今日、この服のようにイスラエルの王権をお前から裂き、お前よりも良い者、お前の隣人にそれを与えた。イスラエルの栄光は、お前がどうなろうと偽ることも、悔いることもない。それは悔いるべき人間とは違うからだ」。サウルは言った「私は罪を犯しました。どうか今は長老たちの手前、イスラエル人たちの手前、私を立てて重んじてください。私と一緒に帰ってください。私はあなたの神を礼拝します」。サムエルはサウルに命じた「アマレクの王、アガグを私のところに連れて来い」。そこでアガグはサムエルのところへ喜んでやって来た。アガグは死の苦しみはもう確実に去ったと思って安心しきっていた。サムエルは言った「お前の剣が女たちに子供を失わせたように、お前の母は女たちの中で子のないものとなる」。サムエルは、アガグの襟首を掴むと力まかせに彼を引きずり倒した。そして傍らに置いてあったナタを手に持ち、アガグに振り下ろした。そして両手、両足を切り離していった。アガグの恐ろしい叫びが天を突き刺すように響いた。そして最後にナタを力任せに振り下ろして頭を切り落とした。サムエルは頭からつま先まで全身に血しぶきを浴びていた。そしてナタを手に下げ、仁王立ちになると睨みつけるようにサウルの方へ向かって近づいていった。サウルはあまりの恐ろしさに目を見開き、口は開いたままわなわなと震えて閉じることもできずにいた。膝もがくがくとまるで音を立てるように震え、ついに膝が地面についた。サウルの護衛兵たちが慌ててサウルの前に出て立ちはだかった。それを見てサムエルは手に持っていたナタを傍らに放り投げた。そこで兵士たちはサムエルに道を開けた。サムエルは、膝をついているサウルの前に立つと彼の襟を掴み、彼を見下ろし、睨みつけて言った。「貴様とはもう二度と会わない」。そして彼を突き放すように手を放した。サムエルはラマに行き、サウルはとぼとぼとギベアの自分の家に帰った。以後サムエルは死ぬ日まで、再びサウルに会おうとせず、サウルを選んだ自分を悔いた。他方、精神的に弱さを持つサウルにとって、この一件は大きなトラウマとなり、後に精神に異常を来すようになっていった。サウルはサムエルから完全に棄てられたことを自覚した。それはもちろん、この先自分の王権がどうなるのか、失われるのではないかという恐れに繋がった。それを解決するためには、自分を否定し、自分を追い詰めたサムエルを殺害すれば良いのであるが、自分を王にし、いまだに精神的指導者としての権威を持つサムエルを殺したらどういうことになるか、サウルには恐ろしくて想像すらできなかった。このことを考え出すと彼は錯乱して頭が割れるように痛くなり、夜中に叫びだしたり、暴れたりした。

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