タイタニア海溝都市
「おっちゃん、天ぷら蕎麦のコロッケのっけ」「あいよ」
人工重力環境でも立ち食い蕎麦は旨い。三隻の大型植民船とその他雑多な運搬船やらスクラップやらを溶接して建造されたメガストラクチャ、円環状軌道上住居NULL-11でも、良い屋台は少なくない。深緑色の巨大なゴルディロックス惑星NULLを目前にして、我々はまだ足踏みしているが、食うことにゃ飽きちゃいない。
「またコロッケ乗せてんのか、気持ち悪いぞ、それ」苗(ミャオ)が人混みを割り、暖簾をくぐってきた。「棒々鶏のからあげのっけ」おっちゃんの仕事は早い。10秒で仕上がる。
「セントラルで焼火消毒技師を募集してたぞ」と苗。
「降りるかどうか、全体投票は来週だろう」
おっちゃんの背後でがなりたてるスクリーンに目をやった。地表の準知的生命体を強制排除するか、安全にゆっくりと隔離して、ベース建設地を確保するか。つゆが染みたコロッケが旨いんだよな。
「シンセティック・ドローン隊に液化ブタン砲が配備されたらしいぞ」
「世論調査の結果もまだ出てないだろう」とおれ。
「残念、セイル張替えが進行中だ。全部ソーラーセイルから反射セイルへ」
全部というのは眉唾ものだな。トリチウムの残存量が多くない現状で融合炉だけに頼るとは。
「先発隊に配属されたら後々出世できるぜ」と苗。
一旦降下したらなかなか帰って来れないだろう。ベースに化学プラントが建つまで化学スラスタは使えない。片道切符だ。
「なぁ、海溝のやつらとはまだロクに意思疎通もできてないだろう、不当に占拠したら襲ってくるんじゃないかな」
「飽和水溶液の海、深度3万メートルに引きこもってるんだぜ。圧力差の問題を当面クリアできないだろうし、そもそも海底からじゃ地上を観測する手段がない。俺らが反射セイルで地表を焼いてやるから、お前はシンセティックと焼火消毒だ。微生物を残らずな」
下の海には旨い魚が泳いでいないだろうか。にしん蕎麦が食いたい。
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