上海ギャングスター

 俺がギャングスタになろうと決めたのは1927年12月、時計塔みたいな江海関が建った年だ。当時の上海は西欧の列強国に共同統治されていた。上海共同租界の時代だ。
 上海暗黒街の三大ボス、聞いたことはあるだろう。黄金栄、張嘯林、杜月笙。中でもハゲの杜月笙は、俺達にとっちゃ神みたいな存在だった。
 表通りこそ煉瓦造りの派手なビルディングが並んでいたが、ちょっと裏通りに入れば、阿片窟だらけだった。糞やらゲロやら、腐った汚物の塊がぬかるんでいた。
 あのとき、俺は14歳だった。華林茶行と羊頭大飯店の間、黄杯路からさらに隘路にまわった裏路地で、空を眺めてたんだ。清幇の一員だとぬかす二人の間抜けヅラに、こっぴどく殴られて、身ぐるみ剥がれて、俺は大の字に倒れていた。霧雨が降ってたよ。酔っぱらいの喧嘩の声とか、娼婦の喘ぎとか、ヤク中の奇声とか、炒麺をかき回す大勺のカンカンいう音とか、遠くから響く雑踏のざわめきとか、誰かの高笑い、乞食の爺さんの嗚咽、そんなもんのなかでさ、俺はなんでここにいるんだろうって思ったのさ。
 あいつらは俺の下着まで引っ剥がしていったもんだから、俺は裸だった、本当に。裸で空を眺めてたんだ、馬鹿みたいだろ。魔窟が切り取った空は灰色で、そこにはなんにも無かった。烏の一匹も飛んでいやしなかった。起き上がって血を吐いたら、歯が二本、地面に転がった。右下の奥歯が無いんだ。今もそうだ。
 それから、俺は乞食の爺さんから襤褸をひったくった。臭いし、蚤やら南京虫やら、虱まで付いていやがったから、俺は爺さんが死ぬまで殴った。爺さんは太平天国がどうの喚いていたが、すぐに静かになった。殺してから気がついたんだが、爺さんには両足とも無かった。
 で、黄杯路の市場に紛れ込んだ。汚い屋台が密集する、ゴミ溜めみたいな場所だ。半分腐った豚肉を並べていた露店の裏に回り込んで、首尾よく錆びた廚刀を盗んだ。それが俺の始まりだよ。

【続く】

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