私が選択的夫婦別姓の推進派の言うことに素直に乗れない理由

選択的夫婦別姓導入の世論が盛り上がりつつある。

私はこの制度の導入には賛成である。反対する理由はないし。

でも、選択的夫婦別姓導入を求める人が、女性の地位向上とか活躍推進などの理由で導入を求めるのが嫌で仕方ない。その理由は単純で、選択的夫婦別姓の導入は改姓の手続きが面倒だからとかキャリアが断絶するから、という問題の解決の手段ではなく、問題の回避の手段でしかないからだ。

あるいは、選択的夫婦別姓の導入によって改姓というイベントを回避することで、それで初めて女性の権利を保証するということになるのだとしたら、それは女性を男性と同じようにするということでしかなくて、女性に対する配慮でも何でもないと感じるからだ。私は選択的夫婦別姓推進派の主張に触れる度に、この人たちは本当に女性の権利を守ることに関心のない差別主義者なんだなあ、と思ってしまう。(もちろん多くの推進派がそうではないことは分かっているけど、そう思われてもおかしくないのでは?と私は感じてしまうのである。)

上の記事に対しても、本当に申し訳ないのだが途中から読んでて嫌になってしまった。(差別大好きにしか見えない経営者がたくさんいることに失望するが、後で落ち着いて読むことにしたい。)

選択的夫婦別姓導入の世論が盛り上がるのは良いことだ。だからこそ、私はこの制度に対して誰かが言うことを素直に受け取るのではなくて、自分なりに評価しておきたい。



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