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俯瞰学の技法:統計学による俯瞰1


 前回は時系列グラフによる俯瞰を紹介したが、時系列データも統計学を使って分析すると俯瞰的な認識が深まる。
 単純な時系列データであるが、図に示した、2010年1月から2021年5月の約10年間の円ドルレートが平均値を中心としたヒストグラムが正規分布と仮定して分析してみると、平均値101.97円、中央値106.09円、円最高値76.3円、円最安値124.22円となる。標準偏差14.5からバラつきを見ると円はほぼ116円から87円の範囲で変動していることがわかる。(このデータは平均値からのバラツキは正規分布ではないのでやや乱暴である、一般的にはヒストグラムを作って分布の形を確認した方がいいだろう)
 為替はいろいろな要素が関係しているのでこの数字をどう解釈するかはプロフェショナルの判断になる。ただ短期的な判断は統計分析になじまない。この10年間の振れは大きいが現時点では、円ドル為替レートは105円として中期経営計画を立てるべきである。悩ましいのは実勢が計画時点よりずれたときの計画達成の評価であるが、計画時のレートで確認しないと、計画が達成されつつあるか判断を誤る。
 以上紹介したように、最も簡単は統計分析は、平均値、正規分布、標準偏差の解釈が俯瞰的認識のスタートである。
 統計分析では正規分布が最も一般的であるが、統計データによっては全く別な分布になるので平均値については要注意である。別図に示した、二人以上の世帯の1世帯当たり貯蓄現在高は平均では1,805万円であるが,世帯を金額の低い世帯から高い世帯へと順に並べたとき中央値は、貯蓄現在高は1,054万円と平均を下回っている。この分布は指数分布と呼ばれる分布で、平均値で評価するのはあまり適切ではない。この場合は中央値を見る必要があることがわかる。なぜならばおよそ3分の2の世帯は平均値を下回っている。高所得者が平均値を引き上げているのである。そして貯蓄が200万円以下の世帯が17%もある。
そして、所得金額分布も同様の分布であり、平均所得は549万6千円、中央値は438万円である。所得が400万円以下の世帯は42.7%もある。即ちここにいわゆる格差社会を見ることができる。消費が伸びない、当たり前でしょう。
 さらに高度な統計学による分析は別次元の俯瞰的認識を与える。地域経済の活性化は日本のみならず世界中で重大な政策課題である。欧米では地域の企業がネットワークを形成し地域経済の競争力を高めるクラスターという政策が成果を上げていた。日本でも経済産業省は産業クラスター、文部科学省は知的クラスターという政策を2000年代初め推進した。これに関連して、私の俯瞰工学研究室では国内外のクラスターのフィールドスタディを行い、その結果から重要な政策を抽出する研究を行った。詳細は省略するがフィールドスタディの結果からクラスター形成には、研究開発機能、技術移転機能、特殊な需要・顧客、優良なサプライヤ、競争環境、共同環境、人材の集積、資金供給、物流インフラという機能が重要であることが判明した。
 次に、これらのクラスター機能がベンチャー企業にどのような影響を与えるかを評価するために各地域、各業種にまたがるようにベンチャー企業500社を抽出しメールとfaxでアンケート調査を行った。アンケートは、では(1)~(7)は10%刻みで答えてもらった。
(1) 昨年度の売上高の中,県内への販売比率はどの程度でしたか?
(2) 昨年度の仕入れの中,県内からの仕入れの比率はどの程度でしたか?
(3) 昨年度の原価率はどの程度でしたか?
(4) 採用活動において,県内からの採用数の占める割合はどの程度ですか?
(5) 昨年度のマーケティングコストはどの程度でしたか?(対売上高比)
(6) 昨年度の原材料費はどの程度でしたか?(対売上高比)
(7) 昨年度のR&D投資はどの程度でしたか?(対売上高比)
(8) 昨年度に開発した新製品の数はどの程度でしたか?
(9) 昨年度に出願した特許数はどの程度でしたか?
(10)提携企業は県内に何社ありますか?
(11)競合企業は県内に何社ありますか?
 145社から回答を得ることができた。通常、アンケート調査は、棒グラフや円グラフで分析結果を示すことが多いが、ここでは統計学の重回帰分析と呼ばれる分析をした。新製品、特許、成長率が先に示したクラスターの機能にどの程度関係しているかを統計学で分析した。専門的になるが新製品、特許、成長率を被説明変数といい、10個のクラスター機能を説明変数という。例えば、新製品開発にとってクラスター機能のどれが重要かを評価するのである。
 分析結果からは、新製品開発には技術移転機能、特殊な需要、競争環境、共同環境、専門技術者の集積が重要であることがわかった。特殊な需要というのはその地域に強力な購買力を有する企業が存在することである。三河地区におけるトヨタ自動車のような存在である。共同環境とは地域内の相互支援機能である。
特許出願には研究開発機能、技術移転機能、専門技術者の集積、資金源が重要で、売り上げの成長率には特殊な顧客・需要、共同環境が重要であることが判明した。
そして、重回帰分析の結果として、「共同環境」と「専門技術者の集積」、「特殊な需要・顧客」は1%有意水準で、極めて重要な機能であることが判明した。1%有意水準とはその仮説は100回に1回しか誤りでないことを意味し、5%有意水準とはその仮説が20回に1回、即ち極めて信頼度が高い仮説であること示している。
 重回帰分析という統計学の分析を使えば、単に情報をグラフとして見える化による認識や、単純な平均値・標準偏差という統計分析よりはるかに高度な俯瞰的認識が可能となる。そして殆どの統計分析はExcelで簡単にできる。
 学生時代に「学び忘れた統計学」を復習すると俯瞰力が強化しましょうか。

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