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2019年のこと

騒がしく、溢れる濁流みたいだった怒濤の上半期、
憂鬱と破壊を停滞で覆い、内部爆発と休息を交互に繰り返した下半期。

今日は大晦日だ。私は商業小説家の仕事をしているけれど、2019年は1冊も新刊を出せなかった。デビュー年を新人賞であれこれした年とすると、私は2010年に短篇賞で佳作をもらったので、2020年でもう業界に入って10年になる。なのに、まだ4冊しか本を出していない。ちなみに、雑誌掲載だけして単行本になっていない短篇を数えたら、20本あった。

あとで人生を振り返ったら、きっと「2019年は節目の年だった」と思うだろうな。でも節目であって、ここをジャンプ台にしての発展はまだこれから先。ようやく自分の問題点を把握したくらい。

2019年の幕開けは、年末の直木賞候補関連から引き続きの多忙さとプレッシャーと選考会で食らう選評によるストレスからはじまった。
そういえば選考会の当日の夜にこんな投稿をした。

実はこの選考会の時、電話連絡をもらう直前にちょっとぎょっとする出来事が起きて、それは今年の後々に負の要素として効いてきてしまうのであった……そんな伏線いらないのに……具体的には書けないのだけど。

それから大藪春彦賞、本屋大賞、日本推理作家協会賞……こうして見ると派手だけれど、一個ずつ欠点を言われたり、落とされたりするので、精神に地味に効いていく。まわりの各社編集者氏たちも気を遣ってくれるけど、その気遣いに私も気遣い返すので、ますます疲れる。
贅沢な悩みと贅沢なストレスだ。だからがんばらないと、こなさないと、そう思いながら仕事を引き受け、合間に難航中の長編の改稿をし、一ヶ月に5作の新作短篇の〆切を抱え、書いて書いて書いて、仕事をして、終わったと思った原稿がまた戻ってきて、ゲラを倒していたところ、ある日ふと糸が切れた。

それがちょうど6月のなかば。家族とも折り合いが悪くなってしまい、自宅にいると仕事のプレッシャーで心が潰れると思い、私は人生初の家出をした。ごくごく狭い範囲の身内にだけ公開している本名のFacebookに「小説家の仕事を辞めます」という長くて深刻すぎる投稿をして。

心が迷子になるって、ある。どこへ行ったらいいか、誰に何を話していいか、次になにをしたらいいか、さっぱりわからなくなるのだ。皮膚が消えてなくなって、肉がむき出しになってしまったような感じ。身を横たえようにも、まわりが全部トゲになってしまって、どこにも寄りかかれないような、そんな感じ。

下着ばかり詰め込んでパンパンになった重いバッグを片手に、日も落ちかけてきた夕方、私は最寄り駅から電車に乗って、気が向けば地方へだって出かけられる駅のそばで下りた。
自分でも自分の心が決められなくなっていたので、適当に見つけた占いの店に入った。ちゃんと占いをされるのなんてはじめてだったけど、どうせなら赤の他人に助言を求めたかったから。水面からやっと鼻と口だけ出しているような状態だったので、誰でもなんでもよかったのだ。

「家出してきました。仕事を辞めた方がいいでしょうか」

すると、私と同い年の亥年生まれの占い師さんは、よくわからない方位が書かれた難しそうな古い本をぱらぱらめくり、タロットカードをさくさく広げて、ふむ、と頷いた。

「辞めない方がいいね。だってあなたに合ってるし、自分でも合ってるのはわかってるでしょ?」

たぶん、誰かにそう言ってほしかったんだと思う。知り合いとかファンとか、私のことを知ってる人じゃなくて、全然関係ない人に、そのままでいれば?と言ってほしかったのだと思う。

単純だからそれで元気が出てきて、友達にも話を聞いてもらって、家出は1泊で終わった。でもこの後また家出はしたし、状態はますます悪くなっていった。具体的に何が起きたかの明言は避けるけど、その後でパソコンが怖くなり、キーボードで原稿を打てなくなった。10月の半ばから11月の半ばにかけての状態が一番最悪だった。

けど、同時に問題点がわかってきて、改善するための助けの手も差し伸べられて、「次は転ばないための準備」が少しずつ形になっているのも確かで。
そしてその助力のおかげで、各所にお願いして書く仕事をいったんストップさせてもらい、今年中に仕事を納めることができ、今は直近の〆切仕事が何もなく、ぼんやりできている。

少し前までは、「休みが取れたら長野の貸し別荘とかに行って、溜まってる積ん読や録画した映画を消化しまくるぞ」と思っていた。でも実際は全然ダメだ。何を読んでも何を見ても今の自分の不甲斐なさを思い出して感情が湧いてきてしまい、読み進めることができない。電車で本を読んでいる人がいると、ぎょっとして冷や汗が出るようになり、インプットどころの騒ぎではなくなった。とても悪い癖なのだが、私にはインプットの量で努力の価値を計ってしまうところがあり、一層「自分の価値はこの世で一番低い」と思い詰めてしまった。

息の出来ない深い海に沈んでもがいて、どっちが水面かもわからなくなっていたそんな時に、デビュー時からお世話になっている方が来て下さった。精神状態の悪い私はあるところとの信頼関係すら拗らせそうになっていて、問題解決に動いて下さったのだ。しかもインプットの鬼のようなその方が、「わかりました。では、インプットしない時期も大事なのだという呪いで上書きしてあげましょう」とおっしゃった。
すると、急に上の方が明るくなって、重しが消えて、するすると浮上した。

ちなみに、この記事のヘッダーのショートケーキは、その方との会食の後で一緒に来てくれた人たちと反省会で食べたものだ。このケーキを食べている私は、今にちゃんと続いている。

歩みはとても遅い。もともとせっかちで焦りがちなくせに、変に考え込んだり道に迷ったり遠回りして、なんだかんだでいつもやたらと遅くなる。だからまだ進んでない。でも進んではいて、きつかった闇の2019年をジャンプ台にして、2020年に第二フェーズに移れればいいなと思っています。
すっころんで以来あれこれの手伝いをしてくれてる友達がよく言う「何も悪くなってないから大丈夫だよ」にいつも励まされる。

なんだかとりとめもないことをだらだら書いてしまった。しかもオチがない。読み捨てて下さい。

ただ、この一番苦しかった時に見た夢がとても象徴的で、たぶん一生忘れないだろうので、後でnoteにあげておきます。




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