絡まる族の兄弟
私は探検家である。
世界の秘境を旅して歩く。
もう地球上に秘境など存在しないと思われるかもしれないが、そんなことはない。人に見捨てられた廃墟が秘境化していることだってある。
と言いつつ、ドアを開ければ、ほら。
この、
なんとも形容しがたい、
人体の集合というか固まりというか、
「ほどいてくれー」
「ほどいてくれー」
まるで電源コードがもつれたような状態の人体を、私はゆっくりとほどいていった。すると、最終的に五人ほどのがりがりに痩せた人間となり、彼らは必死の形相でキッチンに這っていくと水を飲み、なにかを食べた。
「あー、死ぬとこだった」
「あんたは誰だ」
「誰だか知らんが助かった」
「助かった助かった」
いくら痩せているからとはいえ、五人の手足は異様に長かった。これでは絡まっても無理はない、のかもしれない。ふつうでは考えられない状態だが。
「おれたち兄弟」
「絡まる族の兄弟」
「絡まりたいのか?」
「まさか」
「絡まるのはつらいよ」
「兄貴の誕生日につい飲み過ぎて絡まってしまった」
「あー、タイヘンだ」
「奥さん、怒ってる」
「そうだそうだ」
絡まる族の兄弟たちは、足長蜘蛛が逃げるように、どこかへ散っていった。
残った長男は、
「ほんとに助かったよ」
といって、握手を求めてきたが、あまりにも長すぎる手は私の腕に絡まってしまった。
「あ、すまないすまない」
と言いながら、反対側の手で解こうとして、よけいに絡まっていく。
「いいから、あんたはなにもするな」
私はまた奮闘した。今度は片手だから、たいへんな手間だ。
「ふう」
ようやくほどけた。
「私は探検家だ。また旅に出る。あんたはもうなにもするな。手も振るな」
固く言い含めて、歩き始めた。長兄は恐縮したようにじっとしたまま私をいつまでも見送っていた。
ずいぶん歩いたところで、虎に出くわした。
私がナイフを取り出すより先に、一本の腕が虎を掴み、ぶんっと空中に持ち上げた。
驚いて振り返ると、点のように小さくなった長兄が虎をぶんぶんと振り回していた。
(了)
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