ヒキガエル
いつの頃からか、庭に一匹のヒキガエルが住み着いた。
無口なやつでちっとも鳴かない。
あまりにも静かなので、一度、靴で踏みつけると、ぐえっと言った。
私や妻が出入りしても姿を見せないのだが、息子が帰宅すると、じっと門の後ろで待っている。
それで、ぐえっとも鳴かず、姿をみるだけで安心して草むらに帰っていくのだった。
「ヒキコモリっぽいね」
「あいつ、人間の女にはモテないが、動物にはもてるよなあ」
「両生類だけどね」
などと話していると、いつの間にか廊下から恨めしげに見上げていたりする。
ある朝、息子の「ぎゃーっ」という声が家中に響いた。
「どうしたっ」
「死ぬかと思った」
ヒキガエルが顔の上に乗っていたそうだ。窒息寸前である。
「起こしてくれたんだよ、それは」
「迷惑な」
落ち込んだヒキガエルはすごすごと草むらに戻っていった。
せっかくオシガエルになるチャンスだったのに。
(了)
お気に召しましたら、スキ、投げ銭をよろしくお願いします。
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。