敗走
「ぴんぽーん」
どなたですか。
「配送です」
ああ、はい。
私はパジャマ姿のまま三文判を持って玄関の扉を開いた。
ばたーんと、鎧甲を着込んだ男が倒れ込んできた。
鎧には矢が二本突き刺さり、血が流れていた。
顔は汗と泥に汚れ、息が荒い。
救急車を呼ぼうか?
「お、お助けを」
わかりましたわかりました。ちょっと待ってください。
携帯ですぐに救急車を手配した。もちろん、鎧や矢のことは伏せた。でないと、救急車のかわりにパトカーが来てしまうかもしれない。
いったいどうしたんですか。
「は、敗走でござる。面目ない」
はいそう? あ、そっちの方だったのか。
えらいやつを入れちゃったな。
水、飲む?
「いただきまする」
ところで、あなたはどっちの方?
「は?」
いや、源平どっち?
「もちろん源氏でござる」
もちろんと言われても、おれ、その時代のこと、知らないからさあ。
救急車が到着し、落ち武者は担架に乗せられた。
源氏病院にお願いね、間違えると大変なことになっちゃうから。
「わかってますよ」
と救急隊員は呟き、血みどろの一団は去っていった。
私は三文判をもとの場所に戻し、蒲団に戻った。
寝直す前に、窓をすこし開いて外を見た。静かなものだ。どこが今日の合戦場になったかは、あとでニュースを見ればわかるだろう。
(了)
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