取り調べ

「チュー」
 とポケットの中から声が聞こえた。
 やれやれ。
 仕事の手をとめて、わたしは「なに?」と聞き返す。
「杉並区からメールが届いているでちゅー」
 あ、ほんとだ。
 わたしはブラウザでメールを確認してためいきをついた。
 ゴミ捨て分別の細分化がさらに進んだ。
「びす」
 とポケットの中の電子ねずみに声をかける。
「この怒ってるゴミってなに?」
「猫をゴミ袋に入れると怒るでチュー」
「そりゃそうだ」
「そういうゴミでチュ」
「生きてる猫捨てちゃいかんだろ。おまえを捨ててやろうか」
「やめてほしいでチュー。分別しているのは、コンピュータでチュー」
「あのバカコンピュータ、なんとかならんのか」
「そういうことは口にしないほうがいいでチュー。どこで盗聴されているか、わからないでチュー」
 杉並区政はすべてマザーコンピュータが仕切っていて、その手先となって動いているのが役所や各家庭、企業に配置された電子ねずみなのだ。
 予算がないため、まだOSのアップデートができず、Windows Vistaのままだが、そのことは口に出してはいけない。びすがキレる唯一のネタである。
「おまえが黙っていれば大丈夫だろ」
 びすが沈黙した。不気味だ。
「逮捕しにくるかな」
「くることも考えられるでチュー」
「あ、そもそも杉並区の警官って、人間だっけねずみだっけ?」
「警官は人で、刑事はねずみでチュー」
「ねずみのほうが偉いのね」
 びすがなにか嫌なものをみたように黙った。
「刑事って取り調べをするんだよな」
「そうでチュー」
「なんか迫力ないな」
「そうでもないでチュ」
「え?」
「たくさんの刑事ねずみに取り囲まれるでチュ」
「たくさんって?」
「百匹くらい」
「で?」
「白状するまで手足をいっせいに噛み続けるでチュ」
「うわー」
 なんというおぞましい光景。
「それでも頑張ったら?」
「顔を噛むでチュ」
 ゲシュタポよりひどい、って、ゲシュタポを知らないわたしが言っても説得力がないが、とにかくひどい。野蛮だ。法治国家とは思えない。
 なんだか杉並区も住みにくい街になってきたなあ。
 四角いゴミとか赤いゴミとか不眠不休のゴミとか突っ込みどころ満載のメールだったのだが、なんだか喋る気力もなくなって、わたしはびすといっしょに窓越しの夕暮れ雲を眺めた。

(了)

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