千客万来

(全文、無料で読めます。投げ銭歓迎。)

 名探偵、目黒考次郎の朝は遅い。
 ぼさぼさ頭でオフィス兼リビングに這い出てくると、形ばかりの洗面をして、珈琲をいれる。
 机の上に両足を抛り出して、リモコンでテレビをつけたところで、ソファに一匹の猫が姿勢正しく座っているのに気が付いた。
「やあ猫ちゃん。なにかご用かな」
「名探偵の目黒さんですか」
「そうだけど」
「事件の解決をお願いしたい」
「おやおや、お客さんでしたか。珈琲はいかが」
 猫は前足で砂を蹴る仕草をした。
「はいはい。猫はどうして珈琲が嫌いなんだろうねえ」
「妻を捜してもらいたい」
「写真は?」
「猫はデジカメも携帯も使わない」
「彼女のお名前は?」
「ジェニー」
「洒落れた名前だね」
「尻尾が長い別嬪だよ」
「で、その別嬪さんはどうして逃げたのかな」
「逃げたんじゃなくて、消えたんだ」
 目黒は依頼猫、タカをコートの内側に隠して、保健所に行った。
「どうだい、ここにいるかい」
「ここはアウシュビッツかい」
「そういう嫌がらせを言うんじゃないよ」
「いや、いない」
 次に公園に行った。
「おーい。カービィ」
「コウジロウじゃないか、ひさしぶりだな」
「尻尾の長い別嬪さんを知らないかい。名前はジェニー」
「それだけじゃな」
「ほかにヒントは?」
 目黒はタカに尋ねた。
「その前にこれは誰だい」
「カービィ。おれの情報屋」
「ジェニーは天文学者に飼われていた。星座に詳しい」
 カービィの髭がぴくぴくと動いた。
 目黒は煮干しを三本、カービィに渡した。
「カシオペアってスケが、東屋に住み着いているよ」
「案内してくれ」
「ジェニー」
「タカ」
 二匹はしかと見つめ合った。
「どうしてこんなところに」
「ちょっと待ってくれ。オレの仕事はここまでだ。これ以上、深入りするつもりはない」
「ジェニー」
「タカ」
 聞いてないよこいつら。
 目黒考次郎は探偵事務所に戻り、冷えた珈琲をすすった。

(了)

ここから先は

62字

¥ 100

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。