お部屋様の日
「お部屋様の登場だあ」
気がつくと、上から下まで金ぴかに着飾った夫人が、廊下をこちらに向けて歩いてくるところだった。
お部屋様が個室から姿をあらわすのは何ヶ月ぶりだろう。お部屋様はうつ状態のときは外に出てこない。みんなは、躁転したときのお部屋様しか見たことがないのだった。
「みなさま、おはよう」
「もうお昼を過ぎてますよ」
「おはよう」
お部屋様は他人のいうことを聞かない。
「なんのお話をされていたの」
「え」
とロビーに集まっていたメンバーは口をにごした。
彼女たちは病院にパソコンを持ち込んでいるので、けっこうパソコン絡みの話題が多い。ついさっきまでは、昼食後のコーヒーをいただきながら、Twitterの話題に興じていたのだった。
まだTwittrを知らない人にはセッティングしてあげ、つぶやいたり喋ったりと忙しくしていたのである。
おそれを知らない細田さんが「ツイッターのことですのよ」と答える。
「まあ、ツイッター。わたくしも若い頃にはよく興じたものですわ。一度、対戦すると、すぐに息が切れますの」
お部屋様の若い頃に、インターネットがあったわけはない。いや、パソコンだってなかっただろう。お部屋様が勘違いしているのは明かだった。
「わたくしもやってみたいわ」
「パソコンとインターネットが必要ですのよ」
「まあ、最近のツイスターはそうですの?」
いつの間にかツイスターになってるし。
権堂さんがなんとか話を合わせようとする。
「最近のツイスターはつぶやきゲームですのよ」
「あらまあ、わたくし、部屋の中ではいつでも呟いていますのよ」
それとは違うー。
「あらいやだ。みなさん、聞いていらしたの?」
ぶんぶん、とロビー中の人間が首を振った。
「こんないい天気の日に室内にいるのはもったいないですわ。みなさんでお散歩に行きましょうよ」
「外、曇ってますよ」
「あら、雲が美しいわ」
付き合いのいい人が何人か、お部屋様のあとに続いた。
ところが、病院の玄関を出たとたんに土砂降り。
お部屋様は、きっと口を一文字に結んで部屋にこもってしまった。
ロビーにいたほとんどの人間が調子を崩し、寝込んでしまった。
(了)
お気に召しましたら、スキ、投げ銭をよろしくお願いします。
ここから先は
¥ 100
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。