名前のない鍵
打ち合わせに遅刻しそうになり、目が覚めるなり家を飛び出して、駅のホームで喉がからからなのに気づいた。
とりあえず缶コーヒーを買って、プシュッと。
開けなかった。
プルトップがついていない。
缶詰か、これは。
でも、よく見ると、小さな穴が開いている。鍵穴だ。
どこかに鍵がついているのかと思って探したが、ない。飲めない缶コーヒーを持って電車に乗り込み、はっと気づいた。今朝、家を出るとき、郵便箱に差出人不明の封筒が入っていたので、カバンに放り込んだところ、ジャラっと音がしたのを。
開いてみると、案の定、数十の小さな鍵が入っていた。
ヒマなので、片っ端から突っ込んでいると、ぴんと巻き上がるような調子で蓋がとれた。
コーヒーは飲めたが、それからが大変だった。
部長に呼ばれると部屋には鍵がかかっているし、書類ロッカーにも鍵がかかっている。驚いたのはパソコンでメールを打って発信しようとすると、鍵を入れてくださいという警告が出たことだ。どこに! と思ったが、探すと、モニターの上に小さな鍵穴があった。
こんな調子で面倒くさい一日がようやく終わったが、数本の目的不明な鍵が残った。
明朝、また封筒が届いた。
ToDoリストのようなものなのかもしれない。予定がこぼれるのはよくあることだが、なにがこぼれたかわからないのは、とても嫌な気持ちになるものだ。
(了)
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