不条理

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 目覚めたら天井がない。しかも体が動かない。
「なんだこれ」
「しっ、静かに」
 とびすの声が脳裏に響く。文字通り、響きわたる。
「よく目を開いて上を見てほしいでチュー」
 青空。
「寝ているうちに、どんどん体が大きくなっていったでチュー」
 視界いっぱいに広がる青空のなかにびすの姿はない。はて、どうやって声をかければいいのだろう。
「寝室を突き破り、家を壊し、町内よりも大きくなって、ようやく成長がとまったでチュー」
「どんな大きさなんだ?」
 とささやいてみる。通じた。
「大きさは、頭だけで蚕糸の森公園くらいでチュー。うごくとそこら中の家やビルが壊れるので、手足は鋼鉄製の鎖で地面につながれているでチュー」
「それってまるでガリバー」
「そのとおりでチュー」
「びす、いま、どこにいるんだ?」
「ご主人様の頭の中でチュー」
 あ、ほんとに脳裏だったんだ。
「理由もなく巨大化するわけがないでチュー。きっと異変の原因があるでチュー」
 そうだよな。
「いま、血管の中を海馬に向かって移動中でチュー。記憶領域を探るでチュー。あっ」
 なっ、なにがあった。
「変な怪物がいるでチュー。あっ。逃げた。追いかけるでチュー。ああっ。なんでチュか、この工場みたいな施設は。ここで妙なホルモンかなにかを生産しているに違いないでチュー。破壊するでチュー」
「だ、大丈夫か?」
「杉並区特製レーザー銃の威力を思い知るでチュー」
 どかーん。
 巨大な音と閃光を感じ、失神した私は、次に目覚めた時、ベッドの上にいた。ふつうの大きさに戻ったらしい。
「もう喋っても大丈夫か?」
「あ、気がついたでチュー。よかったでチュー」
「なんだったんだ一体」
「あたまの中の変な怪物を吹っ飛ばしたので、正体はわからないままでチュー。ひょっとすると宇宙人かも」
「とても本当のこととは思えないな。それにしても、どうしておまえが頭の中に入れたの」
「ご主人様が2000倍くらいの大きさに膨れあがったからでチュー。ネズミはもともと10センチくらいでチュから、相対的に小さくなるでチュー。相対比で0.05ミリくらい。血管でもどこでも入れたでチュー」
「そうかあ。ネズミの決死圏をやってたんだ」
「逆じゃなくてよかったでチュー。体長200メートルのネズミはきっと助けてもらえないでチュー」
「うん。間違いなく自衛隊に攻撃されるな」
「不条理でチュー」

(了)

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