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びすノート

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びすマニアの方々のために。
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2014年7月の記事一覧

マラソン大会

「第三回和田堀三丁目フィットネスクラブマラソン大会を開催いたします」
 杉並区長が宣言した。
 広いフィットネスクラブに集められ、隙間なく並べられた巨大なねずみ車。参加者たちはすでにスタンバイしている。
 いつでも走り出せる体勢で、なかには必要もないのにサングラスをしている者もいる。スパート直前に投げ捨てるつもりか。
 前面には巨大なスクリーンパネルが用意され、そこに計測数値に基づいたバーチャル映

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首都不在

 遷都の噂かしましいある日、ごごごごと凄まじい音を立てて、地面が浮かび上がった。
 皇居や国会議事堂を乗せて千代田区が行く。新しい首都を求めて。オレたちがいなきゃ、首都機能なんて果たせっこないといわんばかりに。
 もちろん、首都には東大も欠かせない。文京区も飛ぶ。
 盛り場だって欠かせない。歌舞伎町を乗せた新宿区も飛ぶ。
 おまえはついてくんなと言われても、足立区も飛ぶ。日本経済を支えているのは零

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家宝

 夜中にトイレに起きてカタカタカタという不思議な音を聞いた。
 音はリビングのほうから聞こえてくるようだった。
 あまり信心深いほうではないので、先にトイレで小便を済ませ、おもむろにリビングの扉を開けると、ぴたっと音が止まる。
 止まるほうがむしろ心霊現象っぽくてイヤな感じだ。
 真夜中だから、道路からとどく走行音もなく、部屋は深閑としている。光もない。それでいて、なんだかやけに濃密なコミュニケー

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定額給付金

 杉並区から定額給付金支給の書類が届いた。
 子ども、高齢者は二万円、それ以外は一万二千円の支給だ。
 そのはずなのだが……書類は選択式になっている。

 一万二千円か電子ネズミ一匹、あるいは二万円か電子ネズミ一匹

「なんじゃこりゃ」
「一万円で一万一千円分の商品券が買えたりするでチュー。あれと同じで、お得な電子ネズミが来るでチュー」
 とびすが言う。
「三匹も来たら、おまえはこの家から出ていく

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激安チラシ

「あなたっ、大変っ」
 妻がチラシ片手に駆け込んできた。
「どうした」
「インサイトが1万2000円ポッキリだって」
「いくら給付金特需だといっても、それはダメだろう。200万のクルマを1万2000円にしてどーするんだ。原価割れどころじゃないだろ」
「そうねー。じゃあ、このチラシはなんなの」
「ちょっと見せて」
 チラシには「インサイト」「1万2000円」とはっきり書いてある。写真はインサイトその

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無精髭

 ほおづえをつくと、ジャリジャリした感触がして、私はうんざりした。
「ネズミはいいよなあ。いくら顔にひげが生えても無精髭って言われないんだから」
 びすは髭をぴくぴく震わせた。
「ひげは大事でチュー」
「猫やネズミはね。人間のひげは邪魔なだけだよ」
「そんなことはないでチュー」
「そうかな」
「ひげは訓練しなきゃ、能力を開花しないでチュー」
「そうなんだ」
「ご主人さまもやってみるでチュー」
 そ

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くやしい

 がーりがーり。
 がーりがりがり。
 がりがりがりっ。
 何事であるかという顔をしてびすが近づいてきた。
「なにをしているでチュー」
「珈琲の豆をひいてる」
「この機械はなんでチュー」
「ミルだよ。知らないのか」

 蓄音機みたいな機械に耳をあて、びすがじっとなにかを聞いている。
「なにしているんだ」
「しーっ。声を聞いているでチュー」
「誰の」
「珈琲豆の」
「なんか言ってるか?」
「干からび

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夢の代償

玄関のチャイムが鳴った。
「えー、おせんにキャラメル、精神分析はいかが」
「またおかしなやつが入ってきたな」
 びすはポケットに隠れたままだ。
「わたくし、あやしいものではございません」
「ばりばりにあやしい」
「夢が必要です。夢をください」
「なにいってんだ」
「あなた、寝ているときに夢みませんか」
「みるけど、忘れるよ」
「覚えているでチュー」
「お。なんだ。おまえは」
 精神分析野郎はファイ

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お仕事

「びすの場合、病気になったらどこへ行くの?」
「からだの場合はネズミ病院、脳の場合は杉並区役所でチュー」
「どっちにしても健康保険は効かないよなー。家族なのに」
「チュー」
「泣くな泣くな」
「ご迷惑をかけないように毎年ネズミドックに入っているでチュー」
「へえ。それも杉並区?」
「区が七割補助してくれるでチュー」
 あとの三割はどうやって稼いでいるのだろう。
「なんか定期収入ってあるの?」
「動

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発熱外来

 39度の熱が下がらない。
 もう一度、杉並区の発熱相談センターに電話してみた。
「あの、熱が下がらないんですが、杉並インフル以外は診ていただけないんですか」
「はい」
 きっぱりと言われてしまった。
「新型インフルでも?」
「その疑いがあるときは、都の相談センターにご連絡ください」
「もしもし、相談センターですか。発熱しているんですが」
「何度ですか」
「ずっと39度です」
「では、検体を採取し

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杉並インフル

「顔が真っ赤でチュー」
「やっぱり?」
 フラフラする。体温をはかると39度あった。
「たたた、大変でチュー」
「そっかあ」
 頭が働かないので、実感がない。
「発熱相談センターに電話するでチュー」
「してくれ」
「はい。センターです」
「発熱しました」
「何度ですか」
「39度です」
「からかわないでください」
 電話を切られた。
「39度じゃ足りないみたいだぞ」
「も、申し訳ないでチュー。いま

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脱官僚社会

 不況の原因は官僚だという説がある。
 省庁から天下った官僚のために年間12兆円の予算がかかる。
 税収が50兆円を切ろうという時代に12兆円。
 官僚をおだてまくってその頭脳を電子的に変換し、人工知能を作るプロジェクトが密かに進められた。
「というわけで、杉並区を超電子頭脳特区に指定したいと思うのだが、どうだ」
 大物政治家の山荘で、区長は難しい顔をした。
「ほんとにコンピュータに行政ができます

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鉛筆

 かりかりかりかり、と音がする。
 原因はわかっている。
 机の隅で一心不乱に鉛筆を囓っている電子ネズミだ。
「なにかあったのか」
「かりかりかり」
 ネズミ社会にもいろいろあるのかもしれない。
 干されているのか区役所にも行かず、朝から鉛筆をかりかりかかり。
 机の上には、きれいに削られた2B鉛筆がずらり。
「はやく書くでチュー」
「うーん。なに書こうかなあ」
「手紙を書くでチュー」
「誰に?」

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杉並プリンタ

 プリンタを買い替えた。
「今度はLAN対応だぞ」
 というと、びすの目があやしく光った。
「あ、なにかする気だろ」
「もうしたでチュー」
「ちょっと待てー。あー、つながらねー。なにをした」
「ワークグループの設定を変更しただけでチュー」
「なんだ。じゃあ、こっちも変えよう。で、ワークグループ名は?」
「bissでチュー」
 悪い予感がする。
 夜中、じーっ、じーっと細かな音がする。
 そーと覗い

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