古城(一) by五森

 帯刀した門衛は首を縦に振らない。辺りは異様に静まり返っており、動いているのは輪を描いて飛んでいる鳶くらいである。古城の上には、晴れ渡った十一月の空がある。

 友人を誘って映画に行く。彼は中学での同級生で、今は違う市の高校に通っている。明るく気のいい人物で、およそ私とは似つかないところがあるが、我々の仲は良好である。巨匠の新作が公開される、と誘ったところ快諾してくれた。最寄り駅で待ち合わせをして、移動の間に近況を報告し合った。友人は楽しそうに、高校での出来事を語った。半年以上会っていなかったが、息災そうで安心した。彼のユーモアも、彼が持つあらゆる、主に善に対しての率直さも、変わらずそこにあった。そのことがやたらと嬉しく、誘ってよかったと思った。
 映画は血生臭い時代劇で、残酷さや不誠実さに対して誠実であって、それが私の気に入った。友人の方でもそこのところを好意的に解釈したようだった。
 遅めの昼食の後で、友人は古城を案内して欲しいと言い出した。古城に、通学圏内でありながら、私はほとんど訪れたことがなかった。しかしこちらとしては断る理由はない。私は彼を連れて古城へ向かった。

 近づくにつれ人通りは減っていき、古城にたどり着く頃には一人の通行人も居なくなった。城までそれほど距離はないはずなのだが、拒まれているように遠く感じた。よく晴れた日で、青地に天守が映えるのだが、それよりも異物感が強く残った。私は古城の外観にさほど興味がなく、覚えているのはそのくらいである。友人は気にしていないようで、古城を眺めては、おお、と感嘆の声を漏らした。
 城の南側から敷地内に入ろうとしたところで、人影が現れた。和装に丁髷、見たところ侍である。入り口で仁王立ちをしたままこちらを睨みつけているあたり、どうも門衛らしいのだった。やい、と門衛が呼びかけてきた。
「お主らみたいなのを入れる訳にはいかぬ。古城の名誉に関わることなのでな。それが拙者の仕事で」
 ござる、とやけに大時代な物言いをする。せっかく来たのに敷地にも入れないのでは困るから何とか説き伏せようとしたのだが、どうも話し合いができる相手ではなさそうだった。強行突破しようにも、門衛が差した刀が先刻まで見ていた映画の血飛沫を想起させ、これは恐ろしくてかなわない。
 仕方なく別の入口へ向かったが、我々の身の丈ほどもあるささくれ立った木の柵で閉ざされてしまっていた。他のいくつかも同様で、門衛が居た正門以外からは入れないようである。私たちはどこか抜け穴を探して古城の周りをうろついたが、これといった成果は得られなかった。その間、門衛は持ち場からは一歩も動かず、しかし視線と首の動きで可能な限り、私たちを睨み続けていた。

 私たちはいよいよ困り果て、城の東側の道路と堀を接続する土手で、いっそ堀を泳いで渡ろうかしらと冗談交じりに話し合っていた。水堀には鴨が群れを成して浮かび、土手で日を浴びているのもいる。友人は、近くで見れたから十分で、もう諦めて帰ろうと言った。私も同意しかけたが、そのとき、
「城に行きたいのでしたら、私どもがお手伝いいたしましょう」
 堀に浮いていた鴨が話しかけてきた。頭領らしいそれが一声かけると鴨たちが集まり、水堀の両岸、土手と石垣を繋ぐように列になって並んだ。
「さあ、私どもの上をお通りなさい」
 唐突な提案に私たちは面食らった。鴨を踏むのに抵抗があったし、足場として頼りないような気もする。しかし折角の親切に応えぬのも気まずいと思い、土手の急勾配を慎重に下った。靴を脱ごうとすると頭領が慇懃に断ったので、そのままスニーカーで踏みつけた。鴨は思っていたよりも頑強で、我々の体重がかかってもびくともしなかった。友人は私の前を歩き、危なげなく渡りきって背丈くらいの石垣をよじ登った。私もバランスを崩しながら何とか渡ったが、石垣は友人に手伝ってもらわなければならなかった。登り終えると私たちは振り返り、鴨たちに礼を言ってから歩き出した。


 

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