メモリアルワールドーハイネ編ー

 彷徨い疲れた果てに魂が辿り着いた場所は、何も無い闇の世界だった。
魂の形は其々である。
【ようこそ、メモリアルワールドへ】
 看板らしきものが映る。
戻ったとしても闇の世界でしかない。
魂は導かれるかのように踏み入れた。
白い光に包まれ、魂は実体へと移り変わる。
「おや、また一人彷徨い込んだかな?」
 紳士的な老人が話しかけてきた。
「ここは?」
「メモリアルワールド。そうだねぇ…死んだ魂が何処にも行けなかった時に辿り着く永遠の場所、であるよ」
老人はそう言ってから真っ直ぐ指を指す。
魂だった何かはその先を見る。
「彼方へ行きなさい」
「…何故?」
「君はまだ名が無いようだ。先ずは名を」
先ずは其処へ行けと言うのだから、親切な老人なのだろう。
何処に行けば良いのか分からないよりも行き先が判るだけなら良いのかもしれない。
魂だった何かは老人の言う通り、歩き始める。
「良いかい、決して振り向かない事だよ。決して、ね」
どういう事だろうかと思い訪ねようとしたが、老人はいつの間にか消えていた。
魂だった何かは諦めて歩き出す。
 道中、楽しそうな雰囲気の人々、猫や犬等の動物が服を着て二足歩行で歩いてる姿、人ではない人形みたいな姿の者達で賑わっている街並みへと辿り着いた。
それでも魂だった何かに話しかけてくる事は無い。
気付いていないのだろうか。それにしてはぶつからないように見事に避けている様だ。
まるで其処に居るのを判っているかの様に。
 更に進むと、今度は薄暗い森の様な場所へと出た。
視線を右、左とやると先程とは打って変わり怪物が至る所に居た。
見るも恐ろしい様な化け物、妖怪らしき者、幽霊かと思われる様な者、口だけの者、目が異様に大きい者。
気付いてはいるのだろうか、魂だった何かは視線を感じた気がした。
だが怪物は襲う事はして来なかった。
 一歩、また一歩、進んで行くととある声が聞こえた。
「クスクス…アナタはココニまよいこンデキタの?」
異様な声。
「フリカエらないデ」
最初に逢った老人の言葉を思い出す。
「もどルならイマノうち。さァ、ドウするカシラ?」
声が出ない。
魂だった何かは声が出せなかった。
「フフッ…だいじョウブよ、アナタはー」
言いかけて異様な声の主の存在が消えた。
「あーあ、消えちゃったねぇ?」
「!?」
「驚かなくていいよ。さぁ、もう目の前だ。君を惑わす悪魔はもういない。楽園であり天国であり」
魂だった何かは背中を押され中に入った。
扉が閉まる。
「地獄の始まりだよ」
 声は魂だった何かには届かなかった。

 魂だった何かの目の前に広がるのは豪華絢爛、何処か異次元な空間とも言える様な見た事のない場所であった。
「ようこそ、メモリアル城へ」
 思わずそのままじゃないか、と言いたくなったが相変わらず声が出ない様だった。
「女王様がお待ちです、こちらへ」
 燕尾服に片眼鏡を着けた小さな鼠が軽くお辞儀をし、案内をしてくれるようだった。
着いて行くと此れ迄の空間とは違う様な、緊張感に満ちた空気へと変わった。
鼠は片膝をつき、深くお辞儀をした。
「女王様、連れて参りました」
「ようこそ、お待ちしてましたわ。先ずはそちらをお飲みになって」
女王がそう言うと目の前に綺麗なグラスに入った紅色の液体が突然音も無く現れる。
飲まなければこのまま本来の意味での死を迎えそうである。
魂だった何かは諦めて飲む事にした。
「………不味い」
声が出た。
「これ!なんて失礼な!」
鼠が牽制をし、周りにいた女王の護衛達も一斉に刃を向けてきた。
「ふふ、良いのですよ、スワリー」
「ですが…!」
 鼠はスワリーと呼ぶらしい、という事が今のやりとりで判った。
 女王はスワリーを目で牽制した。
此れ迄の優しそうな雰囲気から一変し、冷酷な表情へと変貌した。誰も近付けない様な、見るものを軽蔑するかの様なそんな雰囲気を纏って。
スワリーは怯えているのだろうか、其れ以上何かを言う事も無く、頭を下げ再び片膝をつき、深く深くお辞儀をする。
其の姿を見て周りの護衛達も元の位置に戻って行く。
誰もが逆らえない、絶対的支配の空間が其処には出来ていた。
「…さて、此れで声が出せる様になりましたね」
女王が一歩ずつ近付いてくる。
先程の冷酷な表情では無くなり、優しい穏やかな表情へと戻るが、良く見ると目が笑ってはいなかった。
「………ここ、は」
「此処は、死後の世界」
「死後…」
 魂だった何かの記憶が甦る。

そうだ、私は、死んだんだ。

「天国にも地獄にも逝けない…いえ、逝く事が許されない魂の行き先、とでも言いましょうか」
 女王は優しい表情のまま、だが冷たい目、抑揚の無い声音で事実を淡々と告げていく。
「貴女は、此処で暮らしていく。何処にも行けずに、此の儘」
憐れだと言わんばかりの言い方で告げられた。
「貴女の名前は、ハイネ」
魂だった何かは、ハイネと名付けられた。
メモリアルワールドでの名前だ。

 ハイネはスワリーに連れられ、一晩メモリアル城に泊まる様伝えられた。
死後の世界だというのに空腹を感じたり、眠気を感じたりするらしい。
「……終わりは来るの?」
 ハイネは気になった事をスワリーに尋ねた。
「終わり、とは?」
「その、なにかを思い出したりとかで」
「いえ、其の様な事は決してありません。思い出す事も許されません」
「思い出す事も?」
「はい。死を迎える前の事を思い出す事は此処では許されません」
スワリーはハイネに伝える。
生きていた事を思い出す事が許されないという事。
ハイネはどういう事だろうかと疑問に思う。
スワリーは更に付け加える。
「死を迎えた瞬間の事を思い出す事も此処では許されません。もし全てを思い出したら其の時は、貴女の命は無いものと」
死後の世界だというのに更に命が無くなるとは不思議な事もあるものだ、そんな事を考える。
「消灯の時間です」
スワリーは質問は受け付けない、そんな振る舞いで寝る様伝える。

「ーっ…ミー…」
 誰かが私を呼ぶ声がする。誰だろう。
「良かった、目が覚めましたね」
「……?」
「ーさん、大丈夫…ですか?」
「……うん」
 顔が朧げに映る。
 だけど、私は一つだけ覚えている。
 大好きな人だということを。

「…様、ハイネ様」
 スワリーがハイネを起こす。
ハイネは熟睡していたのか、冴えない頭でスワリーに尋ねる。
「……私、は…かえら、なくちゃ」
「ハイネ様、貴女の帰る先はメモリアルワールドにある、ナータス地区です」
「ナータス…?」
 スワリーは感情を込めずに淡々とハイネに伝え、メモリアルワールドにある地区の説明をしていった。
 メモリアル城から近い順番に、不滅の森、ルースター地区、ヤハナ地区、ドーリー地区、ナータス地区、アーカス地区に分けられるという。
 メモリアル城は今ハイネが居る所だ。
メモリアルワールドを統治する場所であり、全ての魂の最初に辿り着く場所だ。
不滅の森は怪物が棲まう森だ。
此処には誰も近寄らない。近寄ってはいけない。
ルースター地区は妖精が、ヤハナ地区は動物が、ドーリー地区は人形が、ナータス地区は人間が、アーカス地区は貿易が盛んな場所だとハイネは教えられた。
ハイネが棲む場所はナータス地区だ。
 死を迎える前の種族に分類されるのだろうか。疑問に思い、あまり詮索してはいけないとは思い
つつもスワリーに尋ねる。
「…私が人間だったから、でしょうか」
「はい。ハイネ様は人間だったと記録されております。鏡は見ましたか?」
 スワリーに言われ、ハイネは初めて鏡を見る。
其処にはまるで今でも生きているかの様な人間の姿があった。
死後の世界だと言われなければ気付かないだろう。
ハイネは言葉が出なかった。
「此れでお分かりかと思います。ナータス地区迄は距離があります。送りましょう」
 スワリーはハイネを連れ、馬車へと乗る様に促した。
 道中、ハイネはスワリーに改めて尋ねてみた。
其々の地区の特徴や、メモリアルワールドの事、メモリアル城の事、案内人である紳士的な老人の事、そしてナータス地区の事を。
スワリーは昨日説明した事についての補足を行いつつ説明をした。
 メモリアルワールドでは過去の事を振り返ってはいけないという事。
メモリアルワールドの住人である期間の事のみ思い出として振り返る事は許されている。
だが、立ち入るよりも前の事、所謂前世に値する死を迎える瞬間から其れよりも以前の事は決して振り返ってはならない、思い出してはならない事。
万が一口にすれば、其の瞬間刑に処され、終わりの無い迷宮へと彷徨い続けるという事だ。
また、自身だけで無く、他者に其の様な話題を振るだけでも刑に処されるという事が判った。
 メモリアル城は何処に居ても、此のメモリアルワールドの住人の事は全て判っているという事だ。
誰が何処で何をしているのか、誰が何を口にしたのか、全ての事を。
其々の地区の特色は実際に行けば判るという事までは話をしてくれた。
だが、案内人である紳士的な老人の事については決して教えてはくれなかった。
 ハイネの意識が突然飛んだ。
「フフフ…いらっシャイ、ジゴクのハジマりだよ」
 聞こえる異様な声。隣にいる筈のスワリーには聞こえないのだろうか。
「クスクスクス…アナタは、これかラもガキクルシムのよ」
助けて、誰か。
「だいすキなあのヒトトいっショニなれルみチハー」
「ー様!ハイネ様!」
「……っ」
 ハイネの意識が戻る。スワリーは焦りの表情を見せていた。
意識が戻ったハイネの様子にスワリーは安心した表情を見せた。
「どうされたんですか?突然意識がなくなったようですが…」
「……声が」
「声…?」
 ハイネは先程聞こえてきた声についてスワリーに伝える。
ハイネ以外には聞こえなかったのか、どういう事か尋ねられた。
「あ…あの、何か声が、聞こえたんです」
「私共には何も聞こえなかった様ですが?」
スワリーに言われ、ハイネは気のせいだと思う事にした。
死後の世界であるメモリアルワールドでは不思議な事もあるだろうと思い、此れ以上何かを言うつもりも無かった。
「ハイネ様、ナータス地区へ到着しました」
「ここが…ナータス地区…」
 日中だからだろうか、人間以外にも居る様だった。
人間が棲まう地域だとしても、日中は他の地区に棲んでいる住人が来ても大丈夫という話をスワリーはハイネに伝えた。夜間は他の地区に行ってはいけないという事を併せて伝えた。
「何かありましたら梟に伝える様お願いします」
「フクロウに…?」
「ええ、梟に伝えて頂ければ我々メモリアル城に伝わる様になってます」
 梟には手紙でも、直接言葉で伝えても問題無いという事、梟は全ての動向を把握しているという事をハイネに伝えた。
 スワリーはハイネが住む家へと案内した。食事の材料が手に入る場所、衣服や雑貨が手に入る場所、通貨の事、夜間の注意点を伝えた。
通貨は他地区を含め仕事として依頼を受注する必要があるという事。
ただし、此処に来てから1か月はメモリアル城の厚意で通貨が無くとも食材や衣服、雑貨等は手に入る為、余程の贅沢をしなければ問題無いという事だ。
夜間は他地区に行ってはならないという事の他に、怪物が出歩く時間の為、万が一鉢合わせをしても目を合わせてはいけないという事。
もし目を合わせれば、その瞬間不滅の森へと連れて行かれてしまうという。
 スワリーはメモリアル城へと戻り、ハイネは一人となった。
死んだと思ったら、メモリアルワールドという所に辿り着いた。
そして案内された通りメモリアル城へと行き、新たに名前を付けられた。
生前の名前はなんだっただろうか、自分はどういう人物だったのだろうか。
思い出してはならない、そう言われても不可思議な声が言った事や、夢の事が頭から離れなかった。
考えても仕方がない上に、口に出せば此のメモリアルワールドから追放される為、ハイネは頭を横に振り、まだ陽も昇っている時間帯な為、外へと出てみる事にした。
 来た時とは違い、ハイネに声をかける住人達ばかりだ。
人間以外の種族達もナータス地区に遊びに来ているのは見ての通りだった。
「こんにちは~。初めてならこちらをどうぞ!」
飴を差し出してくる人、手品を披露している狐、ダンスをしている動物と人間や妖精等、とても楽しそうな雰囲気であった。
ただ一角を除いて。
近付く事は決して許されない空気感であった。
恨めしそうに幸せな其の先を見つめていた。
ハイネは思わず見てしまう。すると見つめていた者達は何処かへと消えてしまった。
何だったのだろうか。ハイネは疑問に思う。
 夕暮れに近付く。周りにいた者達はまた明日、等と言いながら自分の家へと帰って行く。
幸せな一日が終わる合図である。
ハイネも自宅へと戻り、食事を済ませたりしていた。
ベッドへと入り、ふと外を見る。
おぞましい怪物が其処に居た。

世界観共有型企画【メモリアルワールド】
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