メモリアルワールドーハイネとルシェー

夜が訪れる。
私は夜はどうも苦手だ。
何故なのかは憶えていない。
梟の目を潜り抜け、私はナータス地区の夜の散歩へと出る事にした。

「……怪物がそこらにいるけど…まぁ、この抜け道を使えば分からなさそうね」

ばさばさと羽根の音が聞こえ、私の目の前に降りてきたのは赤髪に褐色肌、白い羽根の男だ。
此処、メモリアルワールドには種族は4種類存在する筈。
私みたいな人間、動物、人形、そして妖精。
男に声を掛けてみる。

「あら………あなたは…?」
「オレぁルシェってんだ」
「ルシェさん、どうぞよろしくお願いします。私はハイネです。……見たところ、種族は妖精、かしら」
「ああ、そうだぜ。いかしてるだろ」

ルシェさんはそう言いながらばさりと得意げに羽根を動かして見せた。
面白そうな方。
妖精だと、ルースター地区に棲んでいる筈だ。
特に問題は無いのだろうか。

「ふふ…っ。ええ、とても素敵ね。ところで…他地区に行くと……って私も人の事言えないわね。外出歩いてるんですから」
「ちっと、人間の少年を探しにね。あとは、今朝方話したのも多分人間だろ。この街はでかいから、人形の嬢ちゃんが遊びに来てるかもしれないしな。」

ルシェさんは指折り数えながら私に教えてくれた。

「アンタは何の用があってこんなとこほっつき歩いてるんだ?」
「少年…誰かしら。……人形、っていうと…ヨゾラさん、かしらね。
…私?私は…そうね、眠れなくて散歩、ってところかしら」

少年に心当たりは無いけど、人形で一度話した事があるのはヨゾラさんだ。

「お?アンタ、嬢ちゃんの知り合いか」
「ええ、この前お喋りしたのよ。お祭りに行こうって」
「ハハッ、するってえとアンタがハイネか」
「ええ、そうよ」
「アンタはなんかこう………見てるとムカムカするな」
「え……?」

ルシェさんにそんな事を言われ思わず固まってしまう。
初対面でこんな事を言われるとは、そんなにムカつく顔でもしてたかしら。

「いや、オレもわけがわからないんだが、なんかこう…な。なんだろうな??」

ルシェさん自身も困惑している様子が窺えた。

「オレはそもそも人間は好かないが、こりゃあ珍しい体験だ。ああ」
「……なんで、でしょうね。でもここはほら、仲良く……仲良く、ねぇ。
ふふ、それは貴重な体験をさせてあげられたかしら?」

仲良くなんて良く分からないけど、思わずニヤリと笑ってしまう。

「うわ、それだ。その顔。なんも浮かんでこねえがなーんかひっかかる。なんか思い出しそうな、」

ルシェさんは眉を顰め、うわあって顔していた。

「なんでしょうね?私は特に思い出しませんけど、ね?ふふ」
「ハッ、そうかよ。……まあいいや、人形の嬢ちゃんのダチと事を構えたくない」

一歩離れられた。

「あら、そう?私は構いませんよ?……でもそうね、何か武器でもあれば…なんてね」

何故だろう、私には何かが足りない。

「武器なぁ。いやいや、オレが構うんだよ」
「……まぁいいわ」

じーっとルシェさんを見て観察をしていく。
何処かで会った事がある?
いつ?
否、会った事はない。それで間違ってはいない。

「………んだよ?」
「……いえ、面白そうな方だなと思って?会ったことないからかしらね」
「そうだな。…………オレぁ初めて会った気がしないがね」
「そう……」

もしかして…いや、そんなことは。

「うげえ、なんか首っつうか喉っつうか、剣で貫かれたみてえに……なんだぁ??」

不意にルシェさんは顔を顰めて喉を押さえ始めた。

「あら、大丈夫?」

流石に心配になり手を伸ばしてルシェさんに触ろうとしたら
「っ、触んな!!」
と言われ手を払い除けられた。

「…っ」
「あー…」

ルシェさんは気まずそうな顔をしている。

「わり、…その、なんだ、」
「そう、1対1がマズイんだ。この状況だよ。オレぁ人間と1対1で話すことはそう無いんだ。だからだよ」
「……いいですよ、大丈夫です。それは仕方ないですね。では私で慣らせばいい」

私は其処まで嫌われる道理も謂れもない。
人間が苦手だと仰っていたし、1対1なら私の得意分野だ。それならと提案をする。
だけどルシェさんは
「そりゃちょっと勘弁」
と言って嫌そうな顔を浮かべていた。

「あ?」

梟が見回っているのだろうか、飛び回っている。

「アイツ、またオレを見てやがる」
「……そろそろ帰った方が良さそうですね」

見つかったら面倒な事になりそうだ。
私はルシェさんに近づいてから耳元で
「………私はあなたの事気に入りましたよ」
と囁いてみせた。

「うおわ」

ルシェさんは背中を丸めて、警戒心が最大な猫のように1歩下がった。
面白い。意地悪な笑いをしてしまう。

「ふふ、やっぱり可愛い」
「んだよ、調子狂うなぁ」

わしわしと片手でルシェさんは頭を掻いている。
梟は相変わらず近くにいる。

「ちっ、場所を変えるか。あの鳥野郎、まるで出歩いてるやつを見張ってるみたいだ」
「……ええ、そうね。場所を変えましょう。……あの鳥はどうも好きになれなくて」

見張りなんて気分が悪い。

「……そういえば海の方ならもしかしたら」
「………海か」
「ええ、私まだ行った事ないので一緒に行きましょう」
「……アンタ、釣りはするか」
「釣り?あまりやった…こと……いえ、多分、するわ」

ザザッとノイズが頭に浮かぶ。
懐かしいような、私は誰かとした気がする。

「おし!ひとりでの釣りは上手くいかないってー学びを得たんだ、今日は。」

ルシェさんは釣りでもして来たのかしら。

「行ってやってもいいぜ、夜釣り!」
「そうなのね、では夜釣りと洒落込みましょうか」

梟が見回りをして飛び回っている為、警戒しながらアーカス地区に面している海へと向かう事にした。
怪物も其処らにいるから細心の注意を払いながら向かう。

「よーし、来たぜ、アーカス!」
「あら、ここがそうなんですね。夜だから…ちらほら起きてる人がいるくらい、でしょうか」

夜釣りを楽しんでる住民がちらほらいる。
釣り道具のレンタルをしていたのでさらっと5ルーン支払い借りて来た。

「そうね、ここは……夜の穴場ってことかしらね?」
「ああ。どっちが釣れるか、勝負だ!」
「望むところよ」

先ずはルシェさんが5回投げる。

「へへん、2匹も釣れたぜ、たった5投げで」
「それは良かったわ。私も試してみようかしらね」

私も続いて5回。
あら、随分と掛かりが良い。

 キミが見ていたら凄いと手を叩いて喜んでくれていただろうか。
 あの頃よりも上手くなったねって言ってくれるだろうか。
 キミ…?あの頃…?

「………ああ??」

ルシェさんの声で意識が引き戻される。

「あら、釣れたわね」
「納得いかねえ……」
「ふふ、楽しいわね」

ルシェさんに笑いかける。

「…ちぇっ、」
「……あら焚き火?」

ルシェさんが不貞腐れながら焚き火の準備を始めた。

「ああ。魚、1匹くらい食っちまおうと思って。アンタも焼くか?」
「ええ、折角だからいただくわ」
「あとのは、そこらの妖精で氷か温度変化の魔法が使えるやつを探す」

魔法、ね。

「ああ、塩を振るとかなんとかは自分でしてくれ」
「へぇ…?魔法…凄いですね?……塩。これ、かしら」

何処までかければ良いかなんて分からないからとりあえず思い切り掛けておけば良いでしょう。

「そんなにかけるのか??」
「………かけ、すぎたかしら」

ルシェさんに言われ少しばかり不安になる。
そういえばルシェさんの魚にも思い切り塩がかかった気がするけど、大丈夫でしょう。

「まぁいいや、」

集めた木切れにルシェさんは火を付けていた。
これが魔法なのだろうか。

「おーい」

別の妖精へ声を掛けに行ってしまった。

「………料理、習いに行こうかしらね」

ヤハナ地区にいるモートンという方に教えてもらえると聞いていたし、此処では自炊も出来るようになった方が良さそうだ。
やや暫くしてからルシェさんが別の方を連れて戻ってきた。

「おーい!おっもしろいやつ見つけたぜ。反転魔法を使えるんだ。」
「反転、魔法?」

連れて来られた妖精は、見た目はルシェさんにそっくりだが色味が反転していて思わず聞いてみる。

「………双子?」
「他人の空似、つーか、今そこで姿を映されたんだ。でな、姿を反転させたやつの個性も反転して使えるんだと。オレは火の魔法が得意だから、こいつが得意なのは氷の魔法ってわけだ!」

得意な魔法、というものも存在するのだろうか。
私は人間だからその辺りはよく分からない。

「魚を凍らせて劣化しないように出来る。便利だよな」
「姿を……不思議なこともあるものねぇ…魚凍らせて…当分食べるものに困らなさそうね?」
「ああ。5ルーンの元はとったな」
「ふふ、そうね。…………どうやって運ぼうかしらね、この魚たち」

ふと見ると釣った5匹の魚はそこそこの大きさだから少し困ってしまった。

「ん?そうだなぁ…食わない分は逃がしてもいいだろうが」
「…そうね、とりあえず一匹だけ持って帰りたいから氷魔法とやらをかけてもらえるかしら?」
「オレはこいつにも食わせてやるから、結局2匹とも焼くことになったな。ハハッ」

ルシェさんは残念でもない様子でカラッと笑いながら話している。

『…』

ルシェさんの隣にいた妖精は、手を伸ばし私が釣った魚を1匹凍らせてくれた。
残った魚は海へと帰す。

「この場で食べる、分け与える、戦場においては大事なことよ。……………戦場?」
「平和そのものだろ。」

2匹目の魚を火にかけながらルシェさんは答える。

「え、ええ……そうね。ここではそんな。平和、そのものよね。あ、凍らせてくれてありがとう」

もう一人の妖精はこくりと頷いてくれた。
無口な方なのだろうか。

「おし、焼けたか?」

1匹目の魚をルシェさんが食べたが、
「んあ!?」
と声を荒げている。
「ど、どうしたんです?」
「その可能性を失念してた……毒、持ってたかもしんねえ」

毒なんて無さそうだけど…そんな事もあるのかしら。

「食ったこと無い味がする」
「そんな事……」
「まあ、これはこれでいけるな」

食べるのね…でもどんな形であれ食べなければ死んでしまう。
……もう死んでるというのに不思議な事もあるものだわ。

「……私も食べようかしらね」
「ん、美味い。…多分。」
『…?……、無味』

もう一人の妖精は首をかしげてから暫し沈黙し、ぽそりと呟いていた。
………しょっぱい。
此処までしょっぱいとは…かけすぎた…

「おーし!ごちそーさん!」

ルシェさんともう一人の妖精は手を合わせていた。

「……やっぱり料理は覚えよう」
「そいつは良いこったな!」
「…ええ、今度ルシェさんもご一緒にいかが?」
「んあ?オレも?」

もう一人の妖精は頷いている。

「しゃあねえな。覚えてやんよ!」
「ふふ、それでは今度ヤハナ地区にでも行きましょうね。はずれに教えてくれる方がいるそうですから」

凍らせてもらった魚を持ってからルシェさん達に伝える。

「さて、と。楽しいひと時だったわ」
「ああ、悪くなかったな」
「それでは私は家に帰るわ、またお会いしましょう」

片手をヒラヒラさせながら魚を持って怪物と梟に気をつけながら自宅へと戻る事にした。

「またな!嬢ちゃん」

 キミがいたなら何て言うかな。
 笑いながら上手い事ご飯の支度をしてくれただろうか。

憶えていないであろう事の筈なのに、どうしてこんなに出てくるのだろうか。
考えても仕方ない。だけど。
それにしても今日は楽しかった。
またお会い出来ますように。

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