芸術家とお会いした話

とある学校の音楽の先生とお話する機会がありまして。
元々、”教師”というより”音楽家”だから、ということは伺っていたのですが、実際に話してみると本当にそうであることが伝わってきて。

何が言いたいかっていうと美意識で生きている方だと思ったんですね。
美を求めているからとにかく言葉遣いがきれいだし、立ち振る舞いも紳士的。そして音楽の話になると止まらない。
論理ではなく感性が行動原理になっているのだろうと感じた。意外かと思われるかもしれないけれど、これは私のなりたい姿にとても近いのです。

浮世離れした芸術家。そこには燦然たる美意識だけがあり、美というものがあると信じて疑わない。
私は浮世離れできないんですよね、憧れはしているけど、適度に事務仕事もできてしまうしどちらかというと人に何かを伝える役割を感じているからロジカルに話すことは避けられない。でもほんとは「その方が美しいと思ったから」という理由だけで生きていたいと思っているのです。

今回お会いした先生は、その点においてちゃんと突き抜けていて、私のような中途半端さが無かった。そしてどこまでも純粋な人であると感じた。人は純粋なものに触れると心が浄化されるような気がしているのですが、今日はその感覚を久しぶりに味わうことができました。つまりとても純粋、ピュアな方だったんだろうと思います。
目の死んでない大人は本当に貴重だと思っていて、強く何かを信じている人って目が輝いているんですよね。それを羨ましく思うと同時に、先生と話していた時間の自分は、自分の中のピュアな部分が引き出されたように感じていたのでいつもより目が輝いていたのではないかと思っているけれど、どうだろうか。

こんなにわくわくして嬉しい気持ちになって思わず筆を執っているくらい、短い時間ではあったけれど、その間に惹きつけられたのは明白だと言えるでしょう。他人からどう見えるかはわからないですが、子どもが燥ぐように楽しく話したことは事実です。あ、私ってまだ燥げるんだ、と思ったほどに。

美意識でお仕事はできないけれど、この気持ちは大切にしまっておこうと思ったのでした。

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