見出し画像

『夜明けに、月の手触りを』冒頭と最後試し読み

『夜明けに、月の手触りを』(2013年)
作 藤原佳奈

※A4で43ページある全文のうち、冒頭と、最後の章を試し読み用に公開いたします。
台本の購入(データor未製本印刷)は、こちらから☟
https://yoakeni.base.shop/

登場人物

さや  転職を繰り返す派遣社員
ゆうこ アイドルにはまる保育士
しずか 広告代理店で働くできる女
あさこ 細胞を研究する大学院生
まき  関西から上京した女芸人

冒頭〇女たちの朝

(発話されない)
人、交差する人、光、朝、女、細胞、
かけめぐる声、光が差し込む、電車、運動、振動。
アスファルト、道に寝転がるホームレス、行列ができるスターバックス、
とかくコーヒーを流しこむ朝、露になる繁華街、カラスの縄張り、電車、運動、振動。
イヤフォンから流れる音、交差する視線、思い出す昨日の言葉、見返すメール、今日のスケジュール、これからの私、リズムを刻む、電車が走る、時がすぎる、ただ、運ばれて行く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下記、シーンタイトルのみ
〇 満員電車内
〇 あさこ、妹の回想
〇 渋谷、さやのアパレルショップ
〇 渋谷、ハチ公前のまき
〇 しずかの職場
〇 さやの家
〇 母踊り
〇 ゆうこの幼稚園
〇 交差
〇 あさこの研究室
〇 交差
〇 あさこ、細胞について
〇5人の交差
〇 公園付近のさやとしずか
〇 さやの夢
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後〇5人の夜明け


あさこ
「あなたが、今日のこの日を、迎えられたことを、あなたが、今日のこの日を、こんな風にみなさんに祝福されて、友達に、家族に、見守られて迎えられていることを、わたしは、あなたの姉として、とても嬉しく思います。わたしとは、ずいぶん違うあなたは、昔から、自慢の妹でした。周りからも、あなたたちほんとに姉妹なの、なんてよく驚かれましたね。お母さんと顔立ちがそっくりな私とは反対に、うっすら小麦肌で、涼しげな目元、上品で薄い唇のあなたは、顔こそお父さんに似たけれども、誰にでも分け隔てなく接して気遣いをするところや、無防備に屈託なく笑うところ、弟が何か間違ったことをしても、怒鳴ったりせずに優しく諭すところ、困ったナアと泣きそうな顔をしながら、ほんとは困る前にきっちりなんとかしているところとか、スカートからほっそり伸びたふくらはぎ、うなじから沸き立つシャンプーの香り、あなたが振り向いたときに動く、あなたの周りの柔らかな空気、綺麗に整えて磨かれた爪、甘える時に傾げる小首、ピアノを辞めなかったあなた、明るさを引き連れてくるあなた、私を励ますあなた、お母さんにそっくりなあなた、女にふさわしく母になるべきあなた、あなたが、こうして、これから、きっと幸せに歩んでゆく道を、わたしは祝福します。姉として。これから、あなたたち二人は、どんな家庭を築いていくのかな、二人の間に生まれる子は、男の子かな、女の子かな。もし、私たちのように、一つ年ちがいの姉妹と、あと、年の離れた弟、だったらどうしますか?あなたは、どうやって育てるでしょうか。どうやって、と、聞いておきながら、きっとあなたも、お母さんのように、優しく、正しく、隙なく、美しく、育てる。と、わたしは知っています。でもね、産むのだったら、一人目は、男の子がいいんじゃないかな、とお姉ちゃんは思います。なんとなくだけど。お母さんもお父さんも、私が小さい頃に、なぜ砂場遊びは群れて遊んでいる子の方が権力を持つのか、なぜスカートを履き、そしてなぜお花のゴムを施されるのか、なぜ制服を着なければいけないのか、そしてなぜそれをきちんと説明できない先生に、わたしは謝らなければいけないのか、なぜ、なぜ、なぜ、と尋ねてばかりで、困っていたと思います。あなたはその頃の記憶、ありますか?きっとお母さんもお父さんも普通に、普通の、あるべきところにあるべきものがあるような、黄金比率の、大多数の、サザエさんのようなちびまるこちゃんのような、そんな家庭にしたかったんだと思うし、しかもあなたは完璧にそれができていたから、わたしは、もし、男の子だったら、その、そういったあなたとの差異を、性別のせいだとおさめさせて、やり過ごすことができたかもしれません。ダイニングテーブルに欠かさずに飾られる花瓶の花、家族旅行を提案するのが大好きな父、家族の一日の出来事を優しく尋ねる母、よく笑うあなたは、みんなでピンクのコーヒーカップに乗って、水をはじくような笑顔を撒き散らしながら、ぐるんぐるん回転しているようでした。そこに、甘えん坊な弟が加わって、その回転はだんだん速くなって、さらに加速してとまらなくなって、みんなの首が、遠心力でちぎれそうだなあと、わたしは、きっぷ売り場の前から、カメラも持たずに眺めていました。その時、高速回転をしているコーヒーカップの中で、わたしがはっきりと見てしまったのは、あなたと、お母さんが、手をつないでいたということ。しかもそこにはねっとりたした質感があった。私は、お母さんと手をつないだ記憶がありません。それは私がつながせなかったのか、つなぐのは嫌だろうというのを見越したお母さんの配慮だったのか、そもそもつなぐつもりがなかったのか、もしかしてつないだことがあるかもしれないけども私がなかったことにしているのか、でも、わたしの残像のアルバムをめぐっても、彼女と手をつないだことは一度もなかった。あなたとお母さんがつないだ手と手、あなたはお母さんの指をつかむような形で、お母さんに絡まっていましたね。あなたがいなければ、そこにいたのは私だったのかな。
お姉ちゃんは、これから、あなたのように、家庭をもてるかは分かりませんが、あなたのことは、応援しています。幸せな、家族を、作ってください。おめでとう。姉より。」

しずか
「ジャリ、と、クラムチャウダーを機械的に流しこんでいた奥歯に、何か小さい粒が、 ジャリ、といった。」

まき
「お父さんはちょっと黙って、もう、ええんちゃうか、帰ってきても、と言った。うちは言ってる意味がよく分からなかったので、帰るって、なにいな、と言った。うちのお母さんが入院したと聞いてから、余計に帰れなくて、帰ってなくて、もう一年も経ってしまった、帰っていない実家、大阪府高槻市紙町三丁目1-5、一刻でも早くなんとか私がなんとか今いる場所で身をたてないとだめやと思って、思ってきてやっと、もうちょっと、のところの今、お父さんからの電話は、怒るでもなく、ため息まじりで、しゃがれた声、私が電話で想像するお父さんは、実際もっと老けてるって知ってるけど、私が今思い浮かべるお父さんは、きっと実際よりもうちょっと若い
しずか 何か、小さい粒が、ジャリ、といった。それは、砂だった。クラムチャウダーのあさりだかしじみだかの小さい貝が吸い込んでいた砂だった。この、ファミレスのクラムチャウダーの、偽物みたいな小さい貝も、この地球の一部、海の中漂った一個の生命なのだ、こんなちっぽけなこいつでさえ。私は、どんな貝だろうか。あんなに海に近かった実家、閉鎖的故に牧歌的な田舎コミュニティから抜け出し、飛び込んだ憧れの街。憧れの広告。目をひくキャッチコピー。交差する視線。焦げたアスファストをヒールで蹴っ飛ばし、踏み込むアクセル、べたつくハンドル、皮膚という皮膚、髪という髪をバタつかせて、ぶつかってくる企画書を咀嚼して、何か大きなビッグウェーブ、心臓が裏返る瞬間、ドーパミンが爆発する瞬間を期待して、踏み込むアクセル」

まき
「帰ってきてこっちで働けと、まだぎりぎり今からでもなんとかなるやろうと、お兄ちゃんのお嫁さんがお母さんのあれこれやってくれているんやと、お前は血がつながった娘ちゃうんかと、言う父、でも、もうちょっとやから、もうちょっとでどうにかなるから、待って、と言った。そう言って何年になるんやと案の定言われ、東京にきて6年、やけど、ほんまにもうちょっとなんやと、今夜も、OAされてるかもしれへんねやと、今やねんと、言った。それで何分テレビうつんねやと聞かれて、分からんけど、もしうつったら3分やけど、と答えた。たった3分でどうにかなる言うとんかいな、もう、知らんわ、と、言われて、電話は終わった。」

しずか
「ジェットコースターのこの操縦席に私は一人、隣には誰も座っていない、この大きなカーブの先に、私と洋ちゃんの幸せはあるのだろうか、海、遠く離れた海、日に灼けた顔をくしゃくしゃにして、おじいちゃんは、しずかは立派な仕事しちゅうからなあ、と言うだろう、おばあちゃんは、いつ孫の顔ば見せてくれんやろか、と言うだろう、この先の所謂いわゆる幸せと呼ばれるものは、この操縦が終われば、出会うのだろうか、操縦の終わりはどこにあるんだろうか」
 
     拍手
 
まき
「どうもーターメリックまきこでーす。ナマステはいはいー言うてやらしてもうてますけども、ショートコント、『保育園の先生』。
「わー、ターメリック先生、ゆうきくんがたたいたー」
「たたいてへんわー。」
「たたいたー。」
「ゆうきくん、なんでたたいたの?」
「そのブロック使いたかったから、わーん。」
「そっかそっか、ブロック使いたかったのかあ。でもね、ゆうきくん、おもちゃ使いたいからって、それを力づくでとったらいけないでしょう。今はあなたは4歳の小童だから許されるけども、そのままそれを続けてご覧なさい。どうなるかな?小学校ではあいつは人の物を力づくで奪うやつだと全校生徒と保護者に噂され、先生からの風当たりもきつくなり、それでも人のものを力づくで取り続け、6年生卒業間近でその状況にとうとう耐えられなくなったあなたは、自分のことを誰も知る人がいない全寮制の中学校に入学するわ。そこでもあなたはやはり人の物を力づくでとってしまい、ヤンキー先輩に目をつけられ、殴り合いを繰り返す日々。ああ、スパイシー!喧嘩がどんどん強くなるあなた。So Spicy!
そのまま地元に戻りヤンキー高校に入学。でも、そこには自分より強いヤンキーがいて、あなたは、挫折するー!あの力づくで人の物をとるゆうきが戻ってきたと地元では噂が広まりどんどん居心地が悪くなるあなた。そんな状況と力づくで人の物をとってしまう自分に嫌気がさして社会との関わりを断絶するでしょうね。そのまま10年。ゆうき36歳。そんな状況に親もほとほと疲れはててしまって、とうとう倒れるわ。まるでスターアニス。あんなに若くて綺麗だったお母さんの顔はやつれ、目にも生気がなくなり、ただただ病院のベッドで横たわる日々…。それをみてあなたはやっと思うのよ。“人の物を、力づくで取るんじゃなかった”って。“お母さん!戻ってきて!ぼく、もう人の物、力づくで取らないから!”って。気付くのが遅すぎるのよ! ガラムマサラか! あんたはガラムマサラか! そうなってもいいの?スパイスガラガラ。」

ゆうこ  
「先生、そんなこと、言わないのにねえー。可笑しいねー。君はゆーでた、ま、ご、僕はしーろみ、か、な、おー、よしよしよし、どーしたかな、よしよし、ちょっとベランダ言って、お外でてみよっか、ほら、あー、風が涼しいねえ、気持ちいいねえ。あ、月がまんまる見えるねえ、きれいだねえ、」

さや   
「向かいのマンションのベランダで、若い母親が、子供を抱えていた。」

ゆうこ  
「よしよしよし、どーしたかな、さっきおむつ替えたばっかだもんね、お腹すいたかな?じゃあ、ママのおっぱいあげようか、ママのおっぱい…。まさしゃんと、私の間に産まれた、この子に、私は、ママだから、おっぱいをあげる。やわらかい指が私の乳房をつかんだ。私は、乳首を、この子の唇に持っていく。おなか、すいたよねえ、ほら、ママのおっぱいだからね。ほら、いっぱい飲んでいいんだよ、ほら、ママのおっぱいだよ、ほら、ほら、ほら、」

さや   
「向かいのマンションのベランダで、若い母親が、子供を抱えていた。子供…と私がつぶやいてしまうと、崎田さんも、ベランダを見上げた。崎田さんは、突然、子供は、あんま好きじゃないけど、と言い出し、でも、実際産まれたら、自分の子だったら、可愛いんだろうなあ、と言った。そうだろうねえ、と私は言ったら、
崎田さんは、来月、彼女の誕生日にプロポーズしようと思ってるんだ、と、言った。
…へえー、そうなんだあ、そっかそっか。…そうなんだ、そっかそっか。
崎田さんは、そろそろかなあと思って、と言って、崎田さんは、なんだかんだ4年も付き合ってきたし、と言って、崎田さんは、でもまあ、さやちゃんとはこれからも仲良くしていければ、と言いかけたので、
…だめだよ。ちゃんとしないと。
お父さんに、なるかもしれないんだから。崎田さんは。
だから、そうだよ、わたしもちゃんとしなくちゃだし、一人じゃないし、一人じゃないから。もう、だから…」
 
   間
 
さや      「さようなら。」  
  
          さや、歩き出す。
 
   女達も、歩き出す。
 
   暗転。 

                         

『夜明けに、月の手触りを』
台本の購入は、こちらから

https://yoakeni.base.shop/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?