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「わたしの右腕」 原案:川端康成「片腕」

ジョユウの唄「わたしの右腕」
うた  佐藤蕗子
演奏  佐藤達郎
ことば 藤原佳奈


「わたしの右腕、貸してあげる」
右腕をもぎとって、男の膝においた。
男は、手をひらいたまま固まった。それから、右腕の肌にそっと触れて、
「これは、絶対に汚しちゃいけない」と、祈りをつぶやくように言った。
この腕がどれくらい汚れているのか、男は知りません。
男の手で、わたしの腕が血まみれになるところを想像する。
どうか、わたしの右腕、優しく扱ってね。

腕を持ち帰った男は、寝室の枕に優しく寝かせてくれた。
大きなベッド、さらさらのシーツ。男は、右腕のわたしをずっと眺めていた。夕方の光が窓から差し込み、腕の産毛が反射するのを見つめながら、いつの間にか、男は泣いていた。顔に深く刻まれた皺に、涙が蛇行した。(一体、何に泣いているんだろ)わたしは、不思議な気持ちで男の顔を見ていた。

突然、男が腕を掴んだ。それは一瞬のできごとだった。
男は自分の右腕を投げ捨て、わたしの右腕を肩にはめ込んだ!
「ああ!」そのとき叫んだのは、わたしの腕の声? 男の声だったか。
腕をとりつけた勢いのまま、男は、わたしの指を、くわえ、小さく、噛んだ。男の乾いた唇の奥、歯と舌のぬめりから、なぜかワニを想像した。

ドッドッドッドッドッ ドッドッドッドッ

男の鼓動の方が、わたしの腕の鼓動より、少しだけはやい。

ドッドドッドドッ ドッドドッドッ

鼓動に惑わされるように浮かんだのは、このまま男の腕になってみてもいいかもしれない、というアイデア! 自殺衝動のような欲望だった。
リズムが近づく、わたしと男の血液は、どんどん混ざり始めた!

ドッドッドッド ドクドクドクドク

〈わたしたち、交じると何色の血になるかしら。〉
〈人間と人間は、こうして、恥と恥をお互い飲み込んで一緒になっていくのね。〉


ふいに、わたしの右腕は捨てられた。
男は、しくじったテロリストのように、慌てて自分の腕をはめなおした。
床に転がったわたしの腕。男は見た。怯えた目で。どうして?
「君を、汚しちゃいけない」男は、言った。

♪わたしの右腕を 貸してあげるわ
好きにしてもいいのよ 
わたしの右腕を さあ お持ちなさいな
大事にしてね

「白い肌 美しいね」 あなたは言った
「汚しちゃ、いけない」 とつぶやいた
ああ 何にも 知らないのね 
その腕はもうとっくに 汚れているのに

いいのよ 好きにして
でも大事にしてね
いいのよ 好きにして
いっそのこと 殺してね

きっと今頃あなた わたしの右腕と添い寝してる
きっと今頃あなた わたしの右腕と添い寝してる
右腕のあった場所 抱きしめながら
ああ 今日は うまく眠れそう
今日は うまく眠れそう



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