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ある喫茶店にあった作文の話

会社から少し遠くへ、ランチどきに少し遅れて歩いていた。ラーメンか、定食か。頭の中はその2択で満員電車だったが、ふと「パスタセット」の看板が目にとまる。

店内の様子をのぞいてみると、客は他に誰もいない。入り口にはヤニで汚れた時代物のマンガが並ぶ。「サイフォンコーヒー」と「ナポリタン」の文字が、ここが喫茶店であることを表していた。

少し、躊躇しながら、そっと店内に入る。
「まだランチやってますか?」
奥の店主とマダムが相談している
「1人?4人がけでいいかな?うん、いいよね」

店内には三谷幸喜のサインが飾られ、野球選手のサインボールもあった(野球に詳しくないので、誰だかまではわからない)。

パスタが来るまでの間、本を読んでいた。
すると、
「あら、久しぶりじゃないの〜」
2人組の男女が店内にやってきた。どうやら、久しぶりに会う旧友らしく、話に花が咲き始める。また1人やってきて3人に。そしてまた1人、4人でテーブルを囲み昔話の花束ができあがっていく。

「缶しかないけどいい?」
ビールある?に対して、そんなものはメニューにはない、慣れた手つきでマダムが一番搾りとジョッキを持ってくる。

気がつくと、僕のテーブルには
サラダ
パスタ
トースト(マーガリン乗せ)
コーヒー
そして、デザートのゼリー
が並ぶ。

「ごめんね、テーブルがいっぱいになっちゃった」
「いえ、コース料理みたいで楽しいです」

遅めのランチの時間に来たからなのか、店内は8割ほど埋まっていた。カフェタイムのオープニングのようだ。
飯を食うのは僕だけだった。

近所の道を聞く男性
静かにコーヒーを飲む男
永遠のガールズトークにはげむマダム2人
ビールの4人組は1人仕事に戻って欠けたが、話の花は勢いを増していた。
仕事の話をする男2人
そして僕

「涙の数だけ強くなれるよ♪
BGMもいい具合だ。まるで、この店内だけ昭和のような。

コーヒーよりも苦いコーヒーゼリーをデザートに楽しみながら、茶こけた天井の模様が目に入る。

いくつかのターニングポイントを過ぎて、もう後戻りができない人生に、期待とため息をつく。

「やれやれ。」

人生がボードゲームのように、ルールが明確で勝ち負けがはっきりしていればよかったのに。

顔を上げると、額縁に入れられた有名人の顔写真と目が合う。
僕より若いであろう写真の中の人は、実際はきっと僕の倍ほども生きているだろう。

ハロー、写真の人。
あなたは額縁の向こうから、
何を見てきましたか?

食べ終わり、コーヒーを飲む頃には店内が満席になっていた。
そろそろ潮時かな、と席から立ち上がる。

すると、店の入口に茶色く日焼けした作文用紙が貼っているのに気づく。

『みらい』
みらいは、だれにもわかりません。これから、誰とであって、何をするのかは先生にもわかりません。わたしも、おとなになったらなに屋さんになっているのかわかりません。それはとってもふあんなことだと思います。
けれど、もく(たぶん"し"だ)みらいがぜんぶ見えていたら楽しいでしょうか。ドッチボールで勝てないことや、うんどう会で負けることを知っていたら、とてもかなしくなると思います。
だからわたしは、とってもふあんだけど、みらいはわかんないほうがいいと思います。だってそのほうが、わくわくするからです。わくわくすると、たのしいきもちになります。
とくに、お友だちといっしょにわくわくしていると、それは何ばいもわくわくします。わくわくはたしざんではなく、かけざんだと思います。
みらいは、だれにきいてもわかりません。だけど、わからないからわくわくできます。そして、わたしはわくわくするのがだいすきです。

いい店だった。
コーヒーは美味いし、店の人もいい人たちだった。
お客も、店とあった人たちが来ている。
なにより、入口のこの作文が素晴らしい。

日に焼けてずいぶんと時が経ったであろうこの作文の書き手は、いまいくつになっただろう?もしかしたら、僕よりも年上かもしれない。
名前も知らない書き手に心の中で「ありがとう」を言いながら、会計を済ませて僕は店を出た。

出るときに、品のいい雰囲気を漂わせた女性とすれ違う。
「あら、なつかしい。なに、近くに来てたなら言ってよ。」
「うん、たまたま通りがかっただけ。って、まだここにわたしの作文飾ってるの?恥ずかしい。」
それ以上は、自然と歩ける速度では聞こえなかった。

僕はもう一度、店を曲がる角で、今度は小さな声で「ありがとう。」とつぶやいた。

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