30年前、異業種交流会という流行があった
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30年前、異業種交流会という流行があった

今から30年前、日本経済は絶好調で、日本中が浮かれていた。

携帯電話はまだ普及しておらず、一部大手会社や不動産系で会社からポケベルを持たされているくらいで、連絡手段にメールもない中で、堂々と会社に業務のふりをして電話をかけては、夜の会食の約束を取り付けていた。

その頃、20代から30代の若手社員たちの間で「異業種交流会」というサークル活動が流行していた。

東京の電話番号が一桁増えたので、新しい名刺を作ったばかりのサラリーマンがどこでその名刺を配るのかといえば、「異業種交流会」という名の勉強会及びその後の飲み会だった。

ジュリアナ東京に行くくらいならば、キラー通りか西麻布でしっぽり飲みたい自称クリエイターと会社期待の若手社員が集まり、団塊世代を出し抜いてなんかいい事できないかと策を練るような「勉強会」だった。

名目はなんでも良かったのだけど、時事ネタと経済を絡めるのがありがちな話題で、東京都庁が丸の内から新宿に移ったことで経済がどのように変わるのかについて真剣な議論をしているふりをして、目の前のソバージュの女の子をどう誘おうか考えているような輩ばかりが集っていた。

トレンディドラマのように、いつもの店に行けば、誰かがいる状況が本当にあった時代だった。タクシーが捕まらなくて一万円札を振っている人がいた時代だった。

私も、南青山の会社に勤めていたので、そんな異業種交流会に出入りしていた。その一つが「ジラフクラブ」というものだった。

ある関西の不動産会社の若手社員が、東京進出を託されて一人で出てきて、まずは仲間作りからといろんな勉強会に顔を出しているうちに、少しづつ知り合った仲間と一緒に主催するようになった会だった。

そこで、いろんな人と出会い、遊び、少し学び、多いに飲んだ。

私は、その会で妻と出会った。

当時、情報誌などにも取り上げられて、異業種交流会として有名になってしまい、新規会員が100人を超えるような回になってしまった、ある日、代表世話役だったSさんが「わしは、こんなことをするために東京に出てきたんと違う」と叫んで、会の連絡を放り出してしまった。

目的と方法が変わってしまった瞬間だった。

それ以降、中心メンバーだった少人数で月に一度集まって情報交換する会となって徐々にシュリンクしていき、Sさんが本社から呼び返されて会は止まった。

世の中でも「異業種交流会」という言葉を聞かなくなって、日本は失われた30年に入った。

でもそれは、会社という垣根を超えて勉強したいと思う若手社員がいなくなったのではなく、会社にゆとりがなくなったからではないだろうか。

とにかく社会の情報を掴んでこいという無茶振りの元に、異業種交流会の梯子をする社員までいた時代だった。なんか新商品のヒントになればいいんだからと「異業種交流会の企画書」を書いていた人もいた。まだ情報を取るには人の間に入らないといけない時代だったし、それは間違っていなかったのだろうと思う。今はネットで検索して済ませてしまうマーケティングが多いけれど、人と人が出会うことで生まれる熱気があった時代だった。

かといって、勉強会に参加する費用も会社の経費で落ちた時代など、もう2度と来ないだろうけれど。

先日、その頃の仲間が60歳定年で会社を辞め独立するというので会うことになった。25年ぶりくらいに顔を合わせたが、Facebookで繋がっていたりするので、そんなに長い時間あっていなかったようには思えなかった。

話をすると、すぐにあの頃の雰囲気、口調、話題になっていった。

それは、最近、忘れていたものだったかもしれない。

会社の中で地位を得たり、仕事に邁進していたり、家族のために粉骨砕身していたりするうちに、違う言葉や口調になっていたように思う。

ただ、それはその関係の中だけのもので、フリーズされている記憶とともにあるものだったのかもしれない。

楽しかったけれど、夢のような、儚い時間だった。

でも、あの頃を思い出すことはあるけれど、あの頃に帰りたいとは思わない。新しい関係を作るきっかけになるならば、良いのだけど、どうなんだろうな。彼らの再出発は応援するけれど、自分がついていけてない気もした。

定年後の異業種交流会というのも悪くないと思ったけれど、あの頃のような熱は生まれないかもしれない。そこには各人の事情というものもあるし。

そう思った。


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fujita244

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fujita244です。新宿在住21年。写真は新宿御苑(2020年3月22日撮影)。「市井の知性」になりたいけど勉強が足りないなあと反省中。