Short:同級生・ぬるくなった生ビールの泡
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同窓会から3か月後、同級女子から電話があった。
「裕太が熱心なのよ」「2次会代わりに、小さなグループで同窓会しないかって」「あなたが来ると5人かな」
同級女子はノスタルジックな居酒屋が好きだった。幹事役として恵比寿の路地裏にある老舗を選んでいた。
皆パンクチュアルだ。時間通りに集まった。舌鼓を打ちながら、よもやま話に花が咲いた。食事が終わると、男性2人が時間の都合をつけて来ていた。「悪い!俺たちアポが重なって、これで失礼するよ」しばらくすると、同級女子のスマホが鳴った。「ごめん、御膳立てだけになっちゃったようで」同級女子はそそくさと別れの挨拶を残して出て行った。
「この間は、謝ることじゃないけど、ごめんな」裕太が優子の唇に触れたことを指しているようだ。優子は頤を軽く傾けた。
「何か盛り上がりに欠けるな」
店を出ると、裕太は独り言のように呟く。まだ帰るには十分時間がある。
「俺のマンション、近くなんだ」「俺、コーヒーも研究しているんだ」
優子は裕太の言葉の意味を考えていた。
裕太は口に出して優子を誘ってきた。
「うちでコーヒーを淹れるよ」「飲んでいかないか」優子は断ろうと、口を開きかけた。見ると、裕太がまじめな表情だ。どこか懇願しているような面持ちがある。
裕太はコーヒーを淹れる支度を済ませている。手際が小気持ちよい。普段口にしているコーヒーとは違い、確かに特徴のある味だ。
コーヒーを飲みながら、裕太は聞き出すかのように問いかける。会社のことや、家庭のこと、優子は自然と悩みとも言えない悩みを口にする。裕太は写真の撮影旅行を計画していることを話す。
「しばらく会えなくなるのね」
優子の口から自然と漏れてしまう。優子は裕太と話すことで、満たされていない何かに気づきそうになる。一抹の寂しさが広がり、深くなっていく。裕太は気付いた。優子の目に浮かんだ涙がこぼれそうになるのを。裕太の目には、優子への好奇心が濃くなり、挑戦心が頭をもたげていた。
優子はどこか浮遊するような感覚を覚えている。促されるように立ち上がり、裕太は優子を引き寄せ、優子は流れに任せてしまう。
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数日後、優子は仕事で虎ノ門に出かけた。昼休み時間近くとあって、人通りが増えていた。地下鉄の駅から出たところで、財務省に勤務している同級女子に出会った。
「どうしたのこんなところで」
「うぅん・・・仕事で」
優子は同級女子とスタバに行く。 同級女子は裕太から優子がマッションに来たことを聴いていた。
「コーヒーはどうだった」
優子はか細い声で短く、「うん、美味しかった」
「コーヒー、飲んだだけ?」
それだけではないことを同級女子に見抜かれていた。同級女子は裕太の態度からそれとなく察していた。優子は裕太との関係を否定できず、暗に同級女子に裕太との関係を認めた。
「大丈夫・・・秘密よ」
優子は奔放な同級女子の艶聞を知っていた。
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次のクラス会に裕太は来なかった。同級女子から、裕太はスタジオも引き払い、撮影に海外を放浪していると聞いた。同級生との小さな秘密は、消えそうで消えない生ビールの泡のように優子の心に残った。
おわり