17.『下山③~混沌と決断~』

僕達は公衆電話を後にし、再びバス発着所に向けて歩き出す。発着所までの道のりで目にする光景は悲惨極まりなく、僕達の足取りと心はどんどん重くなる。考えてみれば食事だって、フーファイターズの時に雨でベチョベチョの「何か」を食べたのが最後なのだ。急速に腹も減ってきた。

しかし、なんとか発着所に通じる階段に戻ってきた。先程の高台から再び下を見下ろしてみると、やはり行列は全然解消されていない。もう何かを考える力もなくなってしまい、暫くボーっとその行列を眺めていると怒号のようなものが聞こえてきた。

「ふざけんな!」
「待って、乗せて下さい!」

後で知ったことだが、朝、河口湖駅から出発のバスに乗ろうとした人達は、僕達以上に会場に到着するのが遅れたらしい。中には朝から待ち続けて到着したのが16時頃、という人もいたようだ。度重なる各種のトラブルにより朝から少しずつ蓄積されていたイライラ、そして台風によって限界に来ている体力。出演者達の熱演により何とか抑えられていた観客の怒りが、ここにきて遂に爆発し始めていた。

「さっさと乗せろー‼」

あちこちから怒声が飛んでいる。バスを待つことに耐え切れなくなった人達が、係員に食って掛かり喧嘩になっている。何十分かに一本しか出ないバスが発車する時には、直前で区切られ乗れなかった人達が叫びながらバスを追いかけている。

…と、この辺りは確かにこの目で見た光景なのだが、あの時の僕は本当におかしな精神状態だったようで、記憶を辿っていくと本当にあったのか分からない光景も混ざってきてしまうのだ。

怒り狂った者が停車しているバスの窓ガラスに石を投げている光景。そして窓ガラスが割れたまま発車するバス。そんな光景も自然と蘇ってくるが、本当にあった事、見た事なのかどうか自分でも自信がないのだ。

「バスのガラスが割られていた」というのは偽の記憶なのかもしれないが(もしあそこにいた方が読んで下さっていたら教えて頂ければ嬉しい)、いずれにせよ、皆自制心が働かなくなって大混乱に陥っていた事だけは確かだ。ここに来る時に乗った朝のバス車内もそうだったが、僕は自分より年上の人達が露骨に怒りをぶちまける光景に初めて触れたので、正直言って相当怖かった。

高台から見下ろした発着所の混乱。後にある漫画を読んでいる時に、一瞬だけあの時の気持ちが蘇ってきた事がある。『デビルマン』の最後の方、民衆が暴徒に変化していく流れ。伝わる人がどれだけいるか分からないが、ああいう怖さが会場中に充満していた。

もう、この会場にはいたくない。かといって残された体力を考えると、台風の中この会場で何もせず朝まで過ごすのは絶対に無理だ。

「杉内…歩いて下山しよう」

今まで何度か喉元まで出かけていた言葉を、僕はついに発してしまった。表情に生気が見られなくなっている杉内は、黙って頷いた。僕達は、歩いて下山することを決意した。

朝バスに乗った発着所まで、歩いたら何分ぐらい掛かるのか見当も付かない。というかあの発着所がどこだったのかも分からない。仮にそこまで辿り着いたとしても、これほど時間が遅くなってしまったら杉内の親父さんと会えるかも分からない。

天候、体力、装備などを考えれば完全に無謀だが、この場の陰惨な雰囲気の中でいつ乗れるかも分からないバスを待つよりはまだマシだ。

「とりあえず、前に進もう」

そう決意した僕達。しかし、どっちが前なのか分からなくなる程強い雨が、容赦なく吹き付けてくるのであった。

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