10.『レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン』

まずい“何か”を食べ終え、再びステージに向かう。フーファイターズは既に終わり、次のバンドのセッティング時間だ。ここまでずーっと最前列で見てきたが、一度離れてしまうと再び前に行く気力が湧いてこない。

次はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン。事前にMTVで気になっていたバンドだが、詳しくは知らないし真ん中ぐらいの位置で見る事にした。その辺りから見下ろすように前方を見てみると、皆一気に元気がなくなってきたのが良く分かる。会場全体の空気が重い。やはりこの天候で序盤から飛ばしすぎたことで、確実に皆の体力が奪われている。その証拠にあれほど密度の濃かったステージ前辺りが、人がまばらになり始めている。

先程から感じていた事だが、何もする事がないこのセッティングの時間がかなり厳しい。とにかく寒くて、皆同行者と会話をする気力もないのだ。

…などと思っていたら、あちこちで「オイ!オイ!」とコールが起こり始めた。バテているように見えた観客が、何故だか分からないけどいきなり復活し始めている。

「何なんだ?」

そのうちに後ろに下がっていた人達も、ジリジリと前方に戻り始めた。僕も何となくその人の流れに押されて、前の方に進み始めてしまった。どうやら次のレイジに対する期待がこのような現象を起こしているようだ。その時杉内が、

「俺はちょっとこのバンドは休む」

と言った。

「分かった。じゃあ、ここで待ってて」

と伝えた僕は、結局また最前エリアまで来てしまった。メンバーが登場する。ベースボールキャップをかぶったギタリストが一曲目のリフを引き出す。その瞬間、観客は再び先程までの興奮状態を嘘のように取り戻した!

ギターを何年も弾いている僕でも、どんなエフェクトを使っているのか見当もつかない変な音色のギター。怒ったような顔でボーカルのドレッドがライムをマイクに叩きつける。レッチリに近いものがあるが、もっと直線的な暴力性を感じる。こんなスタイルの音楽を僕はこの時点で全く聴いたことがなかったので、その分、受けた衝撃はとてつもなく大きかった。

繰り返しになるが、ギターが次々と聴いたこともないような音を出してくるのだ。ギターを弾くだけに、奴がやっていることが新たな発明だというのが良く分かる。それに、ボーカル。何を言っているのかなんて全く分からないが、このバンドがとてつもなく大きな怒りを抱えていることだけは痛いほど伝わる。

「なるほど。こんな凄い奴らがいたのか。そりゃー、皆も復活するはずだよ!」

文句なしに圧倒的だった。

しかし一曲目が終わる前に信じられない事が起きた。僕の後ろのほうからアーミーのようなゴツイ体型の白人が、10人くらい猛ダッシュで押し寄せてきたのだ。次々に華奢な日本人を弾き飛ばして突き進んだそいつらは、今度はそこら中でぶつかり合い(というか殆ど殴り合い)を始めたのだ!しかも笑顔で。意味が分からない。とにかくこの辺りは危ない。僕はすぐさま後ろの方に逃げ帰った。

ダイヴやモッシュを数時間前に初体験した僕には、刺激が強すぎる展開だった。杉内の所に戻り後ろから静かに眺めていると、やはりギターの奴とボーカルが物凄く眼を引く。

「あいつ、凄ぇな」

やはり杉内もギタリストが気になるようだ。「初期ビートルズかよ!」とツッコミたくなるほど、ギターを上に構えている。僕の世代ではギターストラップは長ければ長いほど恰好良いとされていたが、こいつはどうだ?それにどちらかと言えば「ダサいもの」として認識されていた速弾きで、こんなに客を興奮させるとは。僕は家に帰ったら即こいつらのCDを買い、ストラップを短くし、速弾きの運指練習に励むことを決めていた。

途中、プロディジーのキースがステージに乱入する、という豪華すぎるサプライズに再び場内は湧いた。しかし今から振り返ってみるとこの日のレイジにおける観客の盛り上がりは、消える前の蝋燭が最後にもう一度燃え上がる、というあれだったのかもしれない。暗くなり始めた台風の空の下、暴れ狂う観客はどこかやけくそに見えた。


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