19.『下山⑤~ナイト・オブ・ザ・リビングデッド~』

「やったぞ!」

細い山道から大きな国道に出た瞬間、僕達は歓声を上げた。遂に山を下ることが出来たのだ。しかし…。全く見覚えの無い場所だ。喜んではみたがそもそも僕達が目指していたのは国道ではなく、朝のバス発着所なのだ。

「なんだここ?」

杉内が久し振りに口を開けた。

「お前のせいで訳わかんねーとこに出ちまったじゃねーか。どうすんだよ?」

何だコイツ?

「お前にも判断を仰いだじゃねーか!なに僕だけのせいにしてんだよ!」

危うく反射的にそのような言葉が口から出かけた。しかし、ぐっとこらえる。彼の体調が洒落にならない程悪化しているのは一目で分かる。平時の精神状態ではないのだろう。ここで争ってもしょうがない。とりあえず、次にどこへ向けて進むのか考えなくては。この時、既に深夜一時頃になっていたと思う。

もはや朝のバス発着所がどこにあるかなんて、見当も付かない。仕方なく同じ道程で山を下ってきた人達の後に付いて、国道を歩き出す。しかし、恐らくこの人達も適当に歩き始めたのだろう。

僕と杉内は先程のいざこざで完全にギクシャクしてしまった。このまま気まずい状態で二人きりになるのはつらい。どこに向かっているのかは分からないが、二人でいるよりこの人達についていけば気まずさは多少和らぐ。

ここに来てもう完全に体力の限界が来てしまった。今までも辛かったが、まだ何とか気力を振り絞って歩くことが出来た。しかし一日中台風の中で飛び跳ねながらライブを見て、さらにその後に何時間も歩き続けているのだ。もはや気力などでカバーできる状態ではない。

腿が物凄く痛い。寒さで震えが止まらない。杉内を横目で見ると、唇が真っ青になってしまっている。きっと僕も同じような唇をしているのだろう。16年間近く生きてきて、まさかこの日本で、このような状況に置かれるとは夢にも思っていなかった。これじゃあ生死をかけたサバイバルだ。

国道沿いには殆ど何もなかったが、しばらく進むと何か大きな建造物が見えてきた、どうやら「道の駅」らしい。道の駅といえば高速道路におけるパーキングエリアのようなもので、自動販売機や飲食店がある筈。

「助かった…」

とりあえず屋根の下で雨風を凌いで休憩出来る。僕と杉内は最後の力を振り絞って道の駅まで急いだ。

深夜なので当然飲食店などは閉まっている。しかし自動販売機は稼動しているようだ。屋根のある場所を発見したので、小走りで近付いてみて驚いた。

既に屋根の下には物凄い数の人がひしめき合っていたのだ。皆へとへとになりながらも、何とかここに辿り着いたのだろう。何時間か前に会場のステージで見たように、地面にぐったりと倒れこんでいる。皆、死者のようにピクリとも動かない。雨が凌げる場所で僕たちが入り込めるようなスペースは、1mmも残されていなかった。僕と杉内は全身の力が抜けてしまった。

「やっと休めると思ったのに」

今まで最悪の事態は考えないようにしていたが、僕達が置かれている状況の危険度は本格的に高まっていたのだった。

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