27.『全ての終わり?』

電車の路線図を見ると、時間は掛かるが案外簡単に東京へ戻れそうだ。

バスとはうって変わって、ぎゅう詰めの電車内に乗り込む。しかしそのおかげで今度はこの汚い格好も目立たない。なぜなら僕と同じような格好をした奴が腐る程いたからだ。何も事情を知らない地元の人達は、突然汚い格好をした奴らが何百人も乗り込んできた事にさすがに驚いただろう。

車内のいたるところで、昨日の出来事を興奮気味に語り合う声が聞こえてくる。僕だって話したいのだが、大人しく立っているしかない。杉内ははもういないのだ。

ふと横の二人組を見ると、公式パンフレットを見ながら語り合っている。

「しまった!」

昨日会場に着いた時にはもうライブが始まってしまっていたので、パンフレットは後で買おうと思っていたのだ。しかし、その後の大混乱ですっかり忘れていた…。見たい、どうしても。電車内は“あの苦難を乗り切ってきた者同士”という、どこか結束した空気が満ちているように感じたので、思い切って、

「あのー、それ見せて貰います?」

と、にこやかに声を掛けてみた。いきなり話し掛けられた二人組は、

「あ、いいっすよ」

と言ってはくれたが、予想に反して「何だ、コイツ」という冷たい目をしていた。よく考えてみれば全く知らない奴からいきなりそんな事を頼まれたら、誰だって嫌なはずだよ。本当はじっくり見たかったのだが、その冷たい視線に耐えられずパラパラっと見ただけですぐに返してしまった。

普段の僕なら絶対にやらない行動だと思うが、今考えてみると不思議な高揚感はあの時もまだ続いていたのだろう。

次の電車に乗り換えると先程より少し空いた為、椅子に座れた。

「凄かったみたいだな」

電車が走り始めてすぐ、今度は僕が横に座っていた初老の男性に話しかけられた。一目でフジロックの帰りだと分かったのだろう。しかし何故昨日の惨劇を知っているのか?男性によると、今朝のニュースで大きく報道されたのだという。

それを聞いて僕は何だか急に大事件を乗り越えた英雄になったような気がして、誇らしげな気持ちになったのだった。気が付くと、自分がどれだけ困難な状況を乗り越えてきたのか男性に喜々として語っている自分がいた。

男性は途中で降りてしまったので、そこからは再び眠りについてしまった。

何の電車をどう乗り継いだのか今では覚えていないが、目が覚めるといつの間にか新宿駅に到着していた。ここまで来れば流石に実家のあった江東区までは帰れる。

見慣れた地下鉄の景色の中に身を置くと、急に杉内や身内の事が頭に浮かんでくる。

杉内一家はもうとっくに家についているだろうな。病院には行ったのだろうか?ロックバンドの事をあまり知らない親には、昨日見た数々の素晴らしいライブをどのように説明しよう?もしかしたらニュースを見て心配しているかもしれないな。高校の友達には夏休みが開けたら早速自慢しよう。

そんな事を考えていると、あれだけ辛かった出来事が既に一夏の楽しい思い出として僕の中で定着し始めていくのだった。

やがて地元の駅に着く。東京に着いてからというもの、僕に投げかけられる汚いものを見るような視線は無視してきたが、さすがに地元はキツイ。同級生や知り合いにこの汚い格好を見られないよう、小走りで自宅のマンションへ急ぐ。

マンションのエレベーターを降りると、ああ!我が家が見えてきた。

家に着いたら、まず杉内に電話してみよう。そして熱い風呂に入るのだ。とにかく柔らかいベッドでぐっすりと寝たい。

パンフレットを買い忘れてしまったし、僕があの狂気の現場にいた事を証明するのは腕に巻き付いたチケットと全身の汚れしかない。風呂に入り汚れが洗い流され、眠りから覚めて心が平穏を乗り戻せば、全ては終わった事になってしまうだろうか?

いや、そんな事はない。恐らく一生消え去る事のない大きな大きなものが、僕の中にしっかりと刻み込まれた。

鍵を開けて家の扉を開ける。

「ただいま」

僕のフジロックが終わりを告げた。
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次回、最終回です。

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