18.『下山④~セブンイレブン良い気分~』

混沌としているバス発着所を横目に、朝バスで通ってきたと思われる道を下り始める。

幸い僕達と同じ判断を下した人達が、何千人という単位で徒歩による下山を始めていた。とりあえずこの人達に着いて行けば、全く訳の分からない所に出てしまう、ということは避けられそうだ。

暫く歩いてみてすぐに気付いた。細い山道は下山する観客の車で大渋滞になっている。これでは上でいくら待っていてもバスが来ないはずだ。歩く、という選択は正しかったのかもしれない。

しかし、「歩道」というものは無いに等しく、皆渋滞する車の脇をすり抜けるように一列になって歩いて行く。緩やかとはいえ下り坂。ビーチサンダルの鼻緒の部分が指に食い込んで痛い。何千人もの人々が一言も喋らず、台風の中をただトボトボと歩いて行く光景は、もはや八甲田山のようだ。

正直僕の意識も朦朧としていて、この辺りの記憶は曖昧になってしまっている。確か下り車線とは対照的に空いている上り車線を、救急車が会場に向かって上っていったような気がする。

あまり不確かな情報を書くべきではないが、この時点で「死者が出ただろうな」と思った人は少なくなかった筈だ。結論から書いてしまえば第一回フジロックで死者は出なかったのだが、この時は自分達が置かれている状況をリアルタイムで知る事が出来ない環境だったのだ。

ゴミだらけの会場に所々出来ていた毛布の山、緊迫した雰囲気の張り詰めていた救急室、ピクリとも動かずステージ上に倒れんでいた人達。今まで見てきた光景を考えると、生死の心配をするのは大袈裟な事ではなかった。

歩く力が尽きたらしく、ヒッチハイクを試みている人もいる。しかし止まる車など無い。皆自分のことで精一杯だ。僕も気を抜くと歩くのを止めてしまいそうだ。あと何分歩けばこの状況にピリオドが打たれるのか全く分からないのが不安だしつらい。

杉内も僕の後ろを無言で付いてくる。杉内は体力の限界と共に、風邪を引いてしまったらしい。既に熱も出ているようだ。

「この道であってるのかね?」

たまに話しかけても、

「知らねーよ」
「分かんねーよ」

と、素っ気ない答えしか返ってこない。僕は内心ムッとしていたが、ここで揉めても余計な体力を消耗するだけだ。

途中、道が分かれるポイントが幾つかあったと思う。しかしどの道が正しいのか、誰も分からない。そもそも目指している場所も皆違う。いや、目指している場所すら分かっていない人が殆どだったろう。それぞれが独自の判断で(というよりほぼ勘で)進む道を決めて行く。

杉内が判断出来る状態ではないので、朝バスの窓から見た景色の微かな記憶を辿りながら僕が決めて行く。一応杉内にも同意を求めるが、返事が無い。小学生の時から常に背中を見続けてきた杉内が、今僕の後ろを歩いている。物凄く心細い。もしかして間違ってしまったのだろうか? でも、今は僕が先頭で進むしかない。

今回このブログを書くにあたり調べて驚いたのだが、富士天神山スキー場(現ふじてんスノーリゾート)の標高は大体1300m位だった。当時の僕が何となく思っていたのより全然高い。1300mなら結構ちゃんとした“下山”じゃないか!何度も書くようだが、それをビーサンで臨もうとした僕って本当に…。

体力的にも精神的にも辛い辛い時間を耐え、どれくらい歩いただろうか?遠くの方に小さな建物が見える。近づいてみると、セブンイレブンだ。そしてその向こうには、広い道路も見える。

「やった!国道に出たぞ!」

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