25.『急げ!』

「本日のフジロックフェスティバル二日目は、昨日の台風による会場へのダメージが激しい為、中止となりました」

僕は何が何だか分からず、暫くその場で立ち尽くしてしまった。フラフラとその警察に近寄り、

「…それ、それ、本当ですか?」

と弱々しく尋ねる。

「はい」

そっけない答えが返ってくる。周りにいる人達も驚きを隠せない様子だ。

(どうしよう?)

必死に頭を働かせる。

(杉内達と別れてからまだ十分位しか経っていない。国道が若干渋滞していた事を考えると、車はまだそれほど遠くへは行っていないはず…)

そう思うと同時に、僕は走り出していた。筋肉痛も無視して、国道脇を猛ダッシュする。昨日から指に食い込み続けていたビーサンのせいで、足の指の間が痛い。杉内家のハイエースと似ている車が何台もあるが、中を見るとどれも違う。

十分程走っただろうか?突然渋滞が途切れ、車が流れ始めていた。これでは到底追いつけない。僕はふと、杉内の親父さんの携帯電話を思い出した。

「そうだ、あれに掛けよう!」

さっき走ってきた道に確か公衆電話があった。慌てて引き返す。公衆電話はすぐに見つかったが、携帯番号が分からない。しかし杉内の自宅の番号なら暗記している(若い方は信じられないかもしれないが、あの当時はまだ携帯が普及していなかったので友達の自宅の電話番号は大抵暗記していたものだ)。杉内のお母さんに親父さんの携帯番号を聞けば良いんだ!

ところが、よりによってこんな時に小銭が僅かしかない。山梨から東京への通話料を考えると、これでは少ししか話せる時間がない。かといって、先程のコンビニに戻って両替している暇もない。とにかく急いで掛けなければ、車はどんどん遠くへ行ってしまう。

「プルルル、プルルル、・・・はいっ」

杉内のお母さんだ!良いぞ!僕は今の状況と小銭がないので電話がすぐ切れる旨を早口で告げる。幸いお母さんは状況をすぐ理解してくれた。

「じゃあ私がお父さんに掛けて説明するから、五分後くらいにまたここに掛けて!」。

そうか、それなら金はあまり掛からない!五分後、再び杉内の自宅に掛けてみる。

「…ゴメン。もう高速に乗っちゃったんだって」

…終わった。コンビニに入る前に警官の存在に気付いていれば、恐らく間に合ったはずだ。警官は道路の真ん中に立って叫んでいたのに気づかないなんて、僕はなんて馬鹿なんだ。昨日の地獄の下山以上に力が抜けてしまい、その場に膝から崩れ落ちてしまった。

僕はどんなに辛くても、二日目を最後まで見る覚悟はしていた。野宿になっても構わなかった。ライブ終了後、再び歩いて下山するのも。しかし、まさかこういう形で早々と帰途につく事になるとは想像もしていなかった。「ふざけんな!」とか「悔しい!」とかとも違う、何とも言えない不思議な感情に捉われてしまい、僕は公衆電話の前から動けなかった。空を見上げると、僕の沈む気持ちとは裏腹に天気は完全に回復しており、久し振りに太陽が顔を出していた。

だが暫くそうしていると、心の奥の奥の奥の方では、中止になってホッとしている自分がいるような気もするのだった。

フジロックフェスティバル1997、終了。

家に、帰ろう。

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