23.『固い意思』

二日目に単独で参加する事を決意した僕だったが、問題は山積みだ。

まず、そもそもどのようにして会場にたどり着くか?という問題。会場に直接乗り入れて駐車出来るのは、一日目と同様に事前に申し込んだ車だけ。当然杉内の親父さんの車は申し込んでいないので、僕は昨日と同じく送迎バスを使うしかない。

しかし昨日から状況が改善されたとも思えないので、送迎バスは恐らく昨日と同じような混乱を招くだろう。怒号飛び交うバス車内、イエモンへのブーイング、帰りのバス発着所の惨劇。僕は音楽を楽しみに来たのだ。あの空気に巻き込まれるのはもう嫌だ。それに今の杉内の状態を考えると、僕のせいで余計な時間を取らせるのも嫌だ。

「昨日の事を考えると、バスは何時に会場に付くか分かりません。だから歩いて会場まで登ろうと思います。なので悪いんですけど、会場へ通じる登頂口まで連れて行ってください。そこからは自分で何とかします。心配しないで下さい」

と提案した。自分でも驚くくらい、はっきりと自分の意志が湧きあがってくる。そしてそれを曲げるつもりは毛頭ない。しかし、当たり前だが親父さんは僕に対する保護責任を感じていたのだろう。困惑した表情を浮かべている。

今自分が親になってみて実感するのだが、一緒に出掛けた子供の友達が、過酷な体験をした数時間後にまた「歩いて会場まで行くから先に帰ってくれ」などと言い出したら本当に困ってしまうだろう。

「止めた方がいいんじゃないのか?本当に行くのか?せめてバス発着所まで送るぞ」

と、親父さんは何度も尋ねてくる。

その当時の僕だって、皆と一緒に安全に帰ることが一番良い選択であるのはさすがに理解していた。だが、それでも見たいのだ。最後まで体験しておかなければいけない気がするのだ。しかしそういう自分の意思を貫くなら、これ以上の迷惑を掛ける訳にはいかない。自分だけでやるしかないのだ。

必死で僕を引き留める親父さんに、僕も頑固に「いえ、大丈夫です」を繰り返した。結果杉内の親父さんはしぶしぶ納得してくれた。

その時、体調が悪化して車で寝ていた杉内がのそのそと起き上がってきた。

「これ、穿いていってくれよ」

先程キャンプ場の木柵に干した、杉内が穿いていたチノパンだ。僕がズボンを干した位置より若干日当たりが良かったのか、だいぶ乾いている。「自分の風邪が原因で僕が一人になってしまう」とでも思ったのか、心配して持って来てくれたのだ。しかし着替え等無いこの状況では、体調を崩してしまった杉内がそれを穿いておくべきなのは明白だ。

「ありがとう、でもお前穿いとけ。俺のも穿いてるうちに、きっと乾いちゃうよ」

と、丁寧に断った。いずれにせよ、この一件で昨日の下山途中以来ギクシャクしていた僕と杉内の関係も、一気に溝が埋まったように感じた。

会場にたどり着き無事ライブが見られたとしても、その後再び下山の地獄を味わうかもしれない。そもそも宿も決まっていないのに、どうやって夜を明かすのか?東京まで帰る交通手段も大丈夫だろうか?

昨日あれ程過酷な経験をした上に未解決の問題は山積み状態だったが、天候が回復しつつある事も相まって、何故だか僕は前向きな気持ちになっていた。

こうして杉内一家は東京に帰り、僕は一人で二日目も参加する事が決まった。

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