22.『二日目の始まり』

良くも悪くもそれまでの人生で最も劇的だったフジロック一日目を終え眠りについた僕達だったが、朝七時頃には目が覚めてしまった。ほんの数時間しか眠れなかったが、それでも体は昨日よりだいぶ楽になっている。流石に筋肉痛で節々が悲鳴を上げているが、どうやら風邪も引かなくて済んだようだ。

車から出てみると小雨がぱらついていたが、殆ど気にならない程度になっている。こんなのは昨日に比べれば天国だ。時折晴れ間も見え始めたので、僕も杉内も昨日から履いているビチャビチャのズボンを外に干した。僕もまだ若かったのだろう。数時間前まであれ程酷い目にあっていたのに、パンツ一丁でキャンプ場の木柵にズボンをぶら下げていると、二日目のライブに向けて気合が沸いてくるのを感じていたのだ。

昨日は暗くて分からなかったがそこは割と広いキャンプ場で、天気さえ良ければとても過ごしやすく雰囲気の良さ気な場所だ。

先に車内に戻り横になってしまった杉内の様子を見にいく。僕とは対照的に彼は容態が悪化しており、ぐったり伸びてしまっていた。もう昨日の下山途中、いや、ライブの最中から風邪を引いてしまっていたのだろう。

「今日どうするの?」

僕は杉内に尋ねた。

「…悪い。俺は今日無理だ」。

そうか。彼の様子を見れば当然の答えだったが、僕は困惑してしまった。杉内は一刻も早く東京に帰った方が良いだろう。その場合、当たり前だが一人電車で帰す訳にもいかないので、杉内の親父さんも一緒に車で帰ることになる。杉内のお姉さん達は元々一日目だけの参加だった。

ということは、今日二日目を僕だけで見に行く場合、ライブ終了後に野宿などで夜を明かし、電車などを乗り継いで東京に帰るしかない。少しは体力も回復したとはいえ、全身筋肉痛の状態だ。それに一人で遠出もした事がない僕に、果たしてそんな事が可能だろうか?

杉内の親父さんが僕に言う。

「俺は親の責任上、こいつを早く家に連れて帰りたい。それに責任という事で言えば、お前を無事家に帰してやるのも責任だ。分かるな?」

僕は迷った。残念だけど普通に考えれば今日のライブを諦め、今から皆で東京に帰るべきだ。杉内の親父さんに迷惑を掛けるのも嫌だ。しかし今日の出演アクトが僕の頭を横切る。少年ナイフ、WEEZER、BECK、GREEN DAY、それに小学校の時にロックを好きになるきっかけになった布袋だって出る。そんなの、見たいに決まってるじゃないか!

…僕は決断を下した。

「僕、残ります」

杉内の親父さんは内心、僕が諦めると思っていたのだろう。驚いた様子で、

「本当に行くのか?悪いが俺達は協力出来ないんだぞ!」

と確かめてくる。

「はい!分かってます」

もうここまで来たら死んでも行くしかない。それに出演者云々は抜きにしても、この地獄のようなイベントがどういう結末を迎えるのか確かめたい、という気持ちにもなってきた。

悪夢の一日を乗り越えた僕は、人生で初めて能動的に何かを決断した。

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