20.『下山⑥~デウス・エクス・マキナ~』

ようやくたどり着いた道の駅だったが、雨風が凌げる場所は僕達と同じように歩いて下山した人達で既に埋め尽くされていた。

僕達はヘロヘロと屋根など何もない花壇のような場所に倒れこんでしまった。一旦座ってしまうと、もう動けない。もう雨に濡れたってなんだって良い。とにかく眠りたい。うつ向いたまま、僕は目を閉じた。しかし、そこで寝るなんてとんでもない話である事にすぐ気が付いた。

ライブ中もそうだったが、歩いて体を動かしている時はまだしも、座り込んで動きを止め静かにしていると寒さが尋常じゃない。真冬でもこんなに寒い日は滅多に無いだろう。その中に半袖、半ズボンでいるのだ。仮に寝られたとしても、これでは凍死しかねない。大袈裟に聞こえるかも知れないが、あの時は本当にそう思った。

特に既に熱が出ているらしい杉内には危険すぎる。仕方ない、歩こう。もうそれしか方法が無い。 眠たい眼を開け、重たい腰を上げ、泣く泣く道の駅を後にし再び国道を歩き出す。

下山をし始めた時から何度も“歩く”と書いているが、どこに向かえば良いのか自分達でも分からないし、歩く速度も進んでいるのか止まっているのか分からない位だ。僕は既に杉内の体調を心配する余裕も無かった。それどころか自分の意識を保つのも難しくて、頭の中は完全に無の状態になっていた。

その時だ。突然向かい側から国道を走る車がクラクションを鳴らしながら近づいてきた。

「ププー、ププーッ」

何だ?ヘッドライトが僕ら二人を照らし出す。眩しい。車はゆっくり僕達の前で止まった。杉内が叫ぶ。

「親父の車だ!」

なんと、目の前に止まったのは杉内の親父さんの車だったのだ!親父さんが車から降りてくる。

「大丈夫か~?」
「どうしてここにいるって分かったの?」

僕と杉内はほぼ同時に質問していた。

「いやー、それはいいけど。バス発着所で待ってたんだけど全然帰ってこないから心配したんだぞ。お前達、ずぶ濡れじゃねーか。大変だったろ?」。

杉内の親父さん特有の優しい笑顔。恥ずかしい話、高校生にもなって僕は涙が溢れ出てきてしまった。

実際に行った人なら分かると思うが、あの広大な富士の裾野で知り合いの車とすれ違う可能性など、ほぼゼロといっても過言ではないだろう。本当に本当に信じられないような奇跡が起きたのだ。

全身濡れていた為座席ではなく、ハイエースの荷台に乗り込む。でもそこだって僕達にとっては天国だった。二人共疲れを通り越して死にかけていたにもかかわらず、杉内の親父さんに何があったのか一気に説明しだした。うんうん、と頷きながら、杉内の親父さんもこれまでの事情を説明してくれた。

親父さんは僕達を発着所で待っていたが帰ってこないので、いったんキャンプ場に戻ったそうだ。そこに自家用車で下山した杉内のお姉さんが戻ってきて (それでも渋滞の為、かなり遅くなったらしい)、会場が大混乱に陥っていること、僕達が行方不明であることを告げた。杉内の親父さんの携帯はやはり電波が入っていなかったそうで、下手に動いてキャンプ場からいなくなってしまうより待つことを選んだ。しかし深夜三時頃になっても戻ってこない為、さすがに捜索に出たのだった。しかし捜索といっても何の手掛かりもない。国道を走り回るしか術はなかったのだが、その最中に偶然僕達を見付けたのだ。

僕は今でもあの日の事を思い出す時、あそこであの奇跡が起こっていなかったら、と想像して怖くなってしまう事がある。しかし、奇跡は起きた。

こうして、僕達の悪夢は思いもよらない形で唐突に終わりを告げたのである。

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