15.『下山①~ビーサンを呪う~』

観客にとっても(恐らく)レッチリにとっても不本意な形でライブは終わってしまった。しかしレッチリの圧倒的な存在感、「ここまで耐えてこられたんだ」という観客の達成感により、会場は「完全燃焼」という空気に支配されていた。

僕も杉内もライブ終了後しばらく放心状態となっていたが、悪くなる一方の天候が僕らを現実へと引き戻した。この時確か、既に夜の十時頃になっていたと思う。

「さあ、帰ろう」

会場を後にする周りの人が皆、口々にレッチリの凄さや今日のベストアクトなどを興奮気味に語っている。それを聞いていると何故か嬉しい気持ちになるが、耐え難い疲労感に襲われバス発着所に向かう足取りは重い。 とにかく少しでも早く寝て体力を回復し、明日の二日目に備えなければ。

この日の夜は杉内の親父さん達がいるキャンプ場で、車中泊の予定だった。まずは朝約束した通り、山の下のバス停で待っている筈の杉内の親父さんと合流しなければ。予定終了時刻はかなり過ぎているが、会えるだろうか?

ライブ会場のスキー場はバス発着所よりも10m程の高台に位置しているので、割合長い階段を下っていかなければならない。ホワイトステージから暫く歩きその階段に到着したのだが、そこから発着所を見下ろしてみて驚いた。

「おい、なんだこの行列は!!」
「マジかよ」

僕と杉内は顔を見合わせた。朝、皆がイライラしていたバス停なんか比じゃない程、長い長い行列が出来ているではないか!

僕達が朝乗ったこの会場まで来る「行きのバス」は、僕らが乗った停留所と河口湖駅の停留所、二箇所から発車していた。しかしこの会場から出る「帰りのバス」は当然ここ、一箇所のみだ。自家用車で来た人、会場内のテントエリアで野宿する人以外、全ての人がこのバスを利用しなければ下山出来ないのだ。多分その数は一万人以上になるだろう。

上から見ていると、その人数を運ぶにはあまりにも少ない台数のバスしか見えない。しかも自家用車とバスが入り乱れているので朝同様に山道が大混雑しているらしく、バスが全然出発できない。

出発して下の発着所で客を下したバスも、こんな状況では再びこの会場に戻ってくるのに恐ろしく時間が掛かるだろう。ピストン輸送が不可能な状況になっている。

しかもこれらはあくまで想像であって、公式なアナウンスがあった訳ではない。今自分達がどういう状況に置かれているのかが正確に把握出来ない、という事が一層不安を掻き立てる。

朝はライブ開始に遅れるのを承知でバスを待った。しかし今回の行列と発着所の状況を見た瞬間、「待つ」という選択肢は僕達の頭から消えた。こんなの、待っていたっていつまでも乗れる訳がない。

「どうする?」

杉内と話し合った結果、とりあえずメインステージ横の公衆電話コーナーに戻る事にした。杉内の親父さんは1997年の時点では珍しく、携帯電話を持っていたのだ。連絡さえ取れれば、何とか打開策が見つかる筈だ。

ライブ会場からバス発着所の僅かな距離を歩くだけでも、僕の体力は限界に達してしまった。しかし今、その道を再び戻らなければならない。スキー場のぬかるんだ地面は体力をあっという間に奪い取ってしまう。

「何でビーサンなんか履いて来たんだ?」

今更ながらに自分の愚かさを呪う僕だった。

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