26.『静寂』

気合いを入れて二日目に臨むつもりだったが、僕のフジロックフェスティバル1997は唐突に終わりを告げた。無念さと若干の安堵を胸に、帰宅を決意した僕だった。

しかし冷静になって考えてみると、どうやって帰ればいいのか、さらに今いる場所がどこなのかも良く分からない。取り敢えず人のいる場所へ行こうと、先程のコンビにまで戻る事にした。

車を追いかけて猛ダッシュで走りぬけた道をトボトボと引き返していると、バス停があった。路線図を見てみると、河口湖駅まで行ける様だ。よく分からないが、そこまで行けば何とか東京まで戻れるだろう。幸いお金はまだある。時刻表を見ると、ほんの十分ほど前にバスは行ってしまったようだ。次のバスまで相当待たなくてはいけない。ついていない時はとことんついていないようだ。

コンビニまで戻り飯でも買ってこようかと考えたが、もうこれ以上歩くのは心底嫌なのでバス停のベンチでボーっと待つ事にした。僕以外にバスを待っているのは、ビックコミックスピリッツか何かを読んでいる男が一人。いつの間にか国道の渋滞も解消されている。昨日のフェス会場での喧騒を思うと、何だか不思議な気分だ。

「普段、この辺りはこんなに静かなんだなー」

このバスを待っている時間、改めて、というか初めて昨日起きた事を客観的に思い返してみた。

行きのバスの中で怒っていた人達、泥まみれの毛布に包まっていたカップル、雨で瞬時に水浸しになった昼飯、救急室の喧騒、バスの窓ガラスに投げられた石、杉内と口喧嘩したこと、そして何より熱演を繰り広げたバンド達。強烈過ぎる出来事の数々だったが、今こうして静かにベンチに座っていると何だか幻のようにも思えてくる。

もう天候は完全に回復していて、先程から射し込む暖かい光のおかげで洋服も乾いてきた。しかし服に飛び散った泥水も一緒に渇いていくので、茶色くカピカピになっている。自分がこんなに汚い恰好をしている事すら、今まで気付かなかった。爪で服にこびりついている汚れをこそぎ落としていると、バスがやってくるのが見えた。

フジロック帰りの人で一杯かと思ったが、乗ってみるとそんなに混んでいない。意外にも座る事が出来た。しかし混んでいないだけに、みすぼらしい恰好をした自分が凄く目立つ気がする。乗客の視線を感じる気もするが、もうそんな事はどうでも良い。

バスが走り出してすぐに、僕は深い眠りに落ちた。久しぶりに体も心も安心して休める時間が訪れたのだった。

目を覚ました時には、バスはもう河口湖畔の町を走っていた。ほうとうの看板などが見える。河口湖駅に到着すると、さすがにここはフジロック帰りの客で溢れていた。

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