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ふくよかな孤独

自分のことをずっと空っぽだと思ってきた。良くも悪くも。

知識として知っていることと、実感として知っていることは違う。すでに知っていると思っていることすら本当はまだ知らない。何も知らないから旅に出たい。知らないものならなんでも知りたい、話をしてみたい、見てみたい、食べてみたい。ずっとそれが原動力だった。

最初に空っぽだと思ったのは、子役として毎日のようにオーディションを受けていた時のことだ。オーディションシートに必ずある「特技」の欄。芸達者な子どもがわんさかいる中で、その欄にダンス、とか、ピアノ、と書いても、何も書いていないのと同じことだった。ある時から母の入れ知恵で、バルーンアートと書くようになった。少しだけ習ったことがあり、そこそこ上手くできたが、子ども心に「習えば誰でもできる程度のものだ」と思っていた。しかもバルーンアートと書いている子も結構いた。

次に空っぽがやってきたのは大学生になりたてのときだった。漠然とした焦りがあった私は、中学校時代の恩師に「将来自分に合った業界や企業に入るためには学生時代をどう過ごせばいいか」と質問した。すると、「いまの状態で自分にあった仕事がわかる人なんていない。とにかくなんでも経験して自分の情報を集めるべき。」というようなことを言われた。そうか、と思い、旅をしたり、ボランティアをしたり、資格を取ったり、アルバイトを10種類やってみたりと、思いつく限りのことをやった。そんなふうにして少しずつ見えてきた自分の核らしきものは、経験したことを伝えたいというモチベーションだった。勘違いかもしれないけど、当時はそう思った。

最新の空っぽは、ラジオパーソナリティになったときにやってきた。それまでもエッセイを書いたりテレビでリポートをしたり、伝える仕事はかじっていたが、ラジオパーソナリティというのはまた違う世界だった。なにかを取材したり紹介したりすることもあるけれど、基本的に求められているのはパーソナリティそれ自体だ。かならず毎週45分間、自分の話をする。人生を生まれた瞬間から順に語っていっても、いつか話すことが尽きそうだと思った。

多趣味だとか、いろんなことに手を出しているよね、というふうに言われることがある。でも、毎週45分しゃべるにはいくら多趣味でも多趣味すぎることはない。7年目の現在、実際にネタが尽きたことはまだないけれど、常に新しいことを経験し続けていたいという思いでやってきた。その意識が途切れた時、あっという間にすっからかんになるのではないか。なぜならもとより私は空っぽなのだから。

私は空っぽだ、と自分に繰り返し言い聞かせてきた。それを原動力にしてきた。でも、言い聞かせすぎたかな、と最近ふと思う。

昨年、シンプルライフに挑戦した。何もない部屋で暮らし、1日1つ持ち物を取り出していく。身近な道具と出会い直す日々は、常に感情が大きく動く大冒険だった。洗濯機やはさみや塩に心を揺さぶられ、自分が暮らしをどれだけ愛しているかを知った。外に出て行かなくても旅はできた。

今年の春から野菜を育てている。きゅうりは1日に3センチ伸びるらしい。ルッコラは1か月でこれまでの人生で食べてきた量の3倍になった。植物はいい。人間よりもずっと激しく躍っている。育てた植物の花に蜂が訪ねてきたとき、こんなに嬉しいのかと思った。土や植物や虫と影響しあうことに、かなり安らぎを覚えている。

空っぽだ、と唱えるたびに、身近な世界や道具、暮らしまで軽んじてきたのかもしれない。平凡な日常の中に、私っていま生まれたのかな、と思うくらい新鮮な発見がある。見えていなかっただけで、すべてそばにあったものだ。

自分が空っぽだ、というのも、本当にそうだろうか? 見えている範囲が狭いだけなのではないか。脳や精神はもっと広くて自由で、得体の知れない面白いものかもしれない。何もない空間というよりむしろ、微生物やクジラや惑星がぎゅうぎゅうに詰まった宇宙のような。

言葉にしていないけど、好きなもの。考えてないけど、忘れていないこと。できないと思っているけど、簡単なこと。もう思い出せないはずの景色がふいに夢に出てくるのはなぜ。

子どもの頃、お芝居をやりたいと思った。特技の欄に書くことがなくても、あの子は全然空っぽなんかじゃなかった。学生時代に言われたことも結局、未知のものに触れたとき自分の心がどう動くのかを見てみろということだった。はじめに私という未知があり、触れないかわりにボールを投げてかたちのヒントをつかむ。ラジオパーソナリティに求められているのも、毎週仕入れた情報よりも、そこに滲む人間味なのかもしれない。

焦って外に飛び出して行かなくてもいい。たまには窓を閉めて、私という深海に潜ってみることにする。


それでは聴いてください、

TELE-PLAY『prism (feat. 原田郁子, ROTH BART BARON, Seiho & Ryo Konishi)』


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