藤浪晋太郎よ、藤浪晋太郎であれ

阪神タイガースに在籍した藤浪晋太郎が太平洋を渡った。
移籍先のオークランド・アスレチックスでの入団会見を藤浪は英語も交えて無難にこなし、チームもファンも歓迎ムード一色であった。
だが、それも束の間、藤浪は苦しんでいる。

歓迎から失望へ

藤浪はチーム開幕2戦目に先発でメジャーデビューを果たし、打者・大谷翔平と対決した。10年ぶりの対戦は2打数1安打と痛み分けに終わったが、藤浪は3回もたずにノックアウトされた。
その後も、毎試合のように失点を重ね、わずか4試合で先発から中継ぎに配置転換、5月12日、中継ぎで待望のMLB初勝利を挙げたが、日本にいた時からの課題である制球難に悩まされている。自慢の速球は160キロ超えを連発するが、四球を出しては打ち込まれることの繰り返しだった。

藤浪の登板について海を渡って伝わってくるニュースは正直、読むに堪えない見出しばかりだ。

「藤浪の初球に敵地大ブーイング」
「藤浪晋太郎 先発も今季7敗目 初回に2失点で1イニングもたず」
「藤浪晋太郎、無死満塁で“火消し”失敗」

藤浪の高校生時代から追いかけ、神宮球場でプロ初登板も観戦した私としてはもどかしくて仕方がない。

藤浪を取り巻く環境が変われば、制球難も変わるかもしれない。
多くのファンが抱いたそんな淡い期待は打ち砕かれ、むしろ、日本にいた時よりも状況はより深刻になっていると思わされる。
現地メディアも藤浪に対して期待から失望に変わり、容赦ない批判を浴びせる。

しかも、藤浪が籍を置くオークランド・アスレチックス、通称A’sは前半戦を折り返して借金40と低迷している。いまやMLB30球団の中でホームゲームの観客動員数がもっとも少なく、平日のデーゲームは下手すると、マイナーリーグの試合よりも観客が少ない。
藤浪には10年を過ごした阪神タイガースの本拠地・甲子園球場の大喧噪が懐かしく思えるかもしれないほどだ。
サンフランシスコ近郊のオークランドは治安も悪く、アスレチックスの本拠地・コロシアムはフットボールとの兼用でかつ施設は老朽化が進む。
アスレチックスはドラフトで有望な若手選手を獲得する術には長けているが、活躍して年俸が高騰しそうになると、他球団に移籍させることを繰り返しているため、フランチャイズプレイヤーが育たない。長らく、本拠地移転の計画が浮かんでは消え、「移転するする詐欺」とまで揶揄されている。
一方で、熱狂的なA’sファンが「逆ボイコット」と称して、移転に反対する動きを見せているが焼石に水のようだ。

アスレチックスも崖っぷちだし、藤浪も崖っぷちだ。

アスレチックスと藤浪はまるで映画「メジャーリーグ」

「キューン、ドゥンドゥン、ドゥドゥン、ドゥンドゥン、ドゥドゥン」

このイントロが流れてくると、日本の野球ファンでもすぐわかるほど、MLBを象徴する代名詞として浸透している曲、「ワイルド・シング」だ。
劇中でこの曲が使われた映画「メジャーリーグ」は、1989年に公開された映画で、MLBに実在する球団、クリーブランド・インディアンス(現・ガーディアンズ)を舞台にした架空のコメディである。

インディアンスは34年間も優勝から遠ざかっている弱小チームで、チームのオーナーだった亡き夫の跡を継いで新しいオーナーに就いたレイチェルは、シーズンの観客動員数が80万人を下回れば本拠地の移転が認められることに目をつけ、自分がお気に入りの地、マイアミへの移転を目論むため、チームがわざと負けるようにあの手この手で仕向ける(当時、マイアミ州にMLBのフランチャイズチームは存在しなかった)。

弱小チームに集められたのは個性的かつ極端な長所と短所を持つ選手たちだ。
とりわけ主人公のリッキー・ボーンは、刑務所帰りのマイナーリーガーの投手で速球派だが、如何せん制球が定まらない。試合で登板すると四球、死球、暴投を繰り返す。

これはまるでアスレチックスと藤浪が置かれている状況ではないか。

映画では、オーナーの悪だくみを知ったインディアンスの監督、選手達は一念発起して優勝を目指し、クローザーにのし上がったボーンは登場曲の「ワイルド・シング」に乗って快投を続け、宿敵のニューヨーク・ヤンキースとのプレイオフにこぎつける。

もし映画の通りであれば、リッキー・ボーンがインディアンスを救ったように、藤浪はアスレチックスの救世主になれるはずだ。

リッキーはある時、とんでもない近眼であることが判明し、黒縁のメガネをかけるや、制球難が立ちどころに治ってしまう。
勿論、映画と現実は異なる。藤浪がメガネをかけたところで制球難が治るわけではないだろう。

強い味方、エマーソン投手コーチの言葉

しかし、いまの藤浪には強い味方がいる。
アスレチックスは藤浪のパフォーマンスの改善に手を尽くしてくれており、そしてその中心にいるのはスコット・エマーソン投手コーチの存在だ。
51歳のエマーソン氏は現役引退後、2014年のオフからアスレチックスにブルペンコーチとして入団し、2017年からは投手コーチを務めている。

エマーソン・コーチは藤浪についてこう語っている。
「藤浪はいい投手になりたいと思っている。明らかに彼は理由があってこっちに来たんだ」
「大谷翔平は高校時代のライバルだった。だから、彼自身はアメリカに出てきて、『ハイプ(英語で「誇大広告」の意味)』に応えたいと思っていると思う。」
「私は『藤浪は藤浪でいい、藤浪は藤浪で十分だ』と伝えようとしただけだ。」

まるで藤浪のことを随分と前から知っているような、いや実のアニキのようなセリフではないか。

「FujinamiはFujimamiでいい」

藤浪が日本にいた時、周囲は「変われ」「変わらなきゃダメだ」と言ってくる人のほうが多かったのではないか。
だが、見ず知らずの米国の土地に渡ってきて数か月経った今、いちばんそばに「君は君自身でいい」と言ってくれる人がいる。

私はこのセリフを聴いただけで藤浪が海を渡ったことに価値を見出すことができたし、藤浪自身もそう思っているのではないかと思う。

その甲斐あって、藤浪の投球は一進一退ながら改善を見せている。6月は10試合に登板して防御率は3.97、6月30日終了時点でシーズン防御率は9.80、ついに10点台を脱出した。

現地時間の7月1日にはチームトップの4勝目を挙げた。そのうち3勝はサヨナラ勝ちで、藤浪は勝利を呼び込む「ラッキーチャーム」になりつつあるのだ。

藤浪はメジャーリーグ挑戦という長年の夢を叶えた。折角なのだから、ハリウッド映画の主人公になったつもりで、今季、メジャーリーガーとしての自分を楽しんで欲しい。
そして、苦しくなったら、エマーソン・コーチの言葉をかみしめて欲しい。
「藤浪は藤浪でいい」

藤浪晋太郎はリッキー・ボーンになるのではなく、自らの人生という映画の主人公・藤浪晋太郎になればよい。ハッピーエンドでもバッドエンドでも人生を決めるのは自分なのだから。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?