素っ気あるときを知らない

 この情報が溢れる世の中において、"無いことが前提になっている"言葉が多くないだろうか。というか、"ある"ときを知らないものも多い。しかも、その言葉たちの中でも認知度の差が非常に大きい。

 レベル1、"つれない"、"かけがえのない"この辺はよく耳にすると思う。まぁなんとか意味は分かる。それでも、”つれ"や”かけがえ”単体で使うことはないし、"つれ"に至っては、”つれる素振り”なんて使い方もしないだろう。”つれる”状態が謎過ぎる。

 レベル2、”さりげない”、”とんでもない”ここも耳にするが、"さりげ"あるときも、"とんでも"あるときも知らない。往年の名曲である「ギンギラギンにさりげなく」自体ツッコミどころ満載であるが、もう”さりげなく”を気にしだすと止まらない。目が爛々としてくる。

 レベル3、”にべもなく”。おい、もう理解させる気すらないだろ。"にべ"あるときすら知らないのに、”にべ”ないときなんて知ってるはずがない。おい”にべ”よ、なぜお前は「みなさんご存じ」みたいな自身に溢れているのだ。もっと謙虚になれ。さすがに自己肯定感が高すぎるぞ。551と同じくらいの感覚になるな。”ない”ときにあそこまで落ち込めるようになってもらってからにしろ。

 なんにせよ、”無いことが前提になっている”言葉たちには、かける言葉もない。

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