Spinoza Note 21: [定理8] 理論の破綻が実体の無限を証明する

定理8を検討する。短いが、なかなか手強い。

Omnis substantia est necessariò infinita.

Eliot訳: Substance is necessarily infinite.
Elwes訳:Every substance is necessarily infinite.
和訳:実体は必然的に無限である

短い文なので、意味に関して議論になることはない。しかし証明に関して疑問が多々ある。最初に、「ひとつの属性をもつ実体は1つしかない」という。途中を飛ばすが、最後に「ひとつの属性をもつ実体は2つあり得る」で終わる。だから矛盾だと Spinoza がいう。そこまではよい。

わからないのは、矛盾を指摘した後、Spinoza が「だから、実体は必然的に無限である」と結論づけることである。英文で始まりと終わりをみておく:

Proof.—There can only be one substance with an identical attribute, and existence follows from its nature (Prop. vii.);
its nature, therefore, involves existence, either as finite or infinite. It does not exist as finite, for (by Def. ii.)
it would then be limited by something else of the same kind, which would also necessarily exist (Prop. vii.);
and there would be two substances with an identical attribute, which is absurd (Prop. v.).
It therefore exists as infinite. Q.E.D.

これが背理法だったとして、矛盾を証明したら証明されるのは、冒頭に置いた仮定が間違いであること、つまり逆が真であることだ。しかし、冒頭においている文は仮定でない。定理7により真とされる言明である。最初に置いた命題が真、最後に導いた命題が偽となったら、それが意味するのは理論が間違っているということだ。

ところが Spinoza は理論が破綻していると認めず、実体が無限であることを証明した、という。これはどういうことか。

実体を数えること自体が無意味だ、と言っているのかもしれない。

  1. ひとつの属性をもつ実体は1つしかない

  2. ひとつの属性をもつ実体は2つあり得る

どちらも成り立つということは、実体を1つ、2つと数えることがそもそもおかしい、数えられないのだ、と言いたいのか。短い文だし、それ以外の説明を思いつかない。

さすがにこの証明を理解できる人が少なかったようで、Spinoza は長い補足説明をつけている。その内容を吟味しないが、上のは命題の証明の仕方としてかなり特殊だし、今は認められない、独特の論法である。

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