Spinoza Note 07: 世界をこのような姿にしているのは何者か

定義3は実体 substance について述べている。ややこしい説明だが、実体は独立していて、ほかのものに依存しないというのが要点だ。

Per substantiam intelligo id, quod in se est, & per se concipitur: hoc est id, cujus conceptus non indiget conceptus alterius rei, a quo formaris debeat.

英訳だと"By substance I understand: what is in itself and is conceived through itself, i.e. that whose concept doesn’t have to be formed out of the concept of something else" 、日本語だと「実体とはそれ自身において存在し、それ自身によって考えられる物のことである。言い換えれば、その概念を形成するために他の物の概念を必要としないもののことである。」

このような実体の捉え方は17世紀において一般的なものであり、Spinoza 独自の考えではない。ただし何を実体とするかという点において Spinoza の独自性が表れる。

実体はこの世界を形作っている原料である。世界を作るためには膨大な数の実体が要る。Aristotle アリストテレスは実体が無数にあると考えた。そして実体を精神と物質の二種に分けた。さて、世界が僅か二種類のもので出来ているのに、なぜ見た目が多様なのか。それは実体が刻々と見た目や性質を変えるからである。その変わりうるところをAristotle は「属性」と捉えた。

実体と属性は密に関係しているので、続く定義4として属性が出てくる。

Per attributum intelligo id, quod intellectus de substantia percipit, tanquam ejusdem essentiam constituens.

英語だと"By attribute I understand: what the intellect perceives of a substance as constituting its essence."、日本語では「属性とは知性が実体に関してその本質を構成するものとして認識するもののことである」となる。ここで essentiam を本質と解釈してよいかという問題がある。前述したので繰り返さないが、それは Descartes 的解釈である。Spinoza の見解はそれと異なり、Being と解釈する。すなわち、「実体に関して、その Being (生々流転する様)を成していると知性が認識するものを属性という」と言い換える。

Descartes は Aristotle の考えを継承しつつ、属性に関して独自の考えを打ち出した。Aristotle はひとつの実体に属性が多々あってよいと柔軟な考えを示したが、Descartes は多々あってもよいが重要な属性はただ一つであるとした。「実体を規定する最も重要な属性」というと、これは今日我々が理解するところの「本質」である。日常会話で「本質」というとき、我々はそれを Descartes 的な意味で用いているわけだ。

Descartes は二種類の実体を考えていた、すなわち物質と精神である。物質の本質(最も重要な属性)は延長であり、長さや幅、広がりを持つことである。精神の本質は考えることである。しかし、Spinoza にとって精神と物質は(実体でなく)属性である。Descartes は実体が無数にあるとしたが、Spinoza はただ一つだとした。この時点で両者の間に大きな隔たりがあることがわかるが、その差異には後で触れる。

この時点で重要なのは、実体 substance の定義が両者で一致することである。定義は同じだが想定する実体の数が違う。Descartes は Aristotle の考えを引き継いで実体が無数に世界に充満していると考える。しかし Spinoza は実体は一つだけだという。この点に独創性がある。

属性 attribute については essentiam の解釈により見解が分かれる。これを「本質」と読むと両者は一致する。しかし Being と読むと両者は意見を異にすることとなる。Descartes は「延長を持つ、考える」といったことを属性と捉えるが、Spinoza は「物質や精神」を属性と捉える。これほどの違いがあって定義が同じということはあり得ない。

この世界は何で出来ているか?という問いに対して、Descartes は「無数の物質と精神の粒子から成る」と答える。Spinoza は「ただ一つのBeing、すなわち自律した働きである」と答える。このような回答に「何から出来ているのか」という問いは合わない。「世界をこのような姿にしているのは何者か?」という問いが適切だ。Spinoza は神について考えている。

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