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小籠包じゃ足りない

世界史選択者だった
「俺はいずれ世界に羽ばたく男だから」って理由だけで日本史ではなく世界史を選んだ

世界史の先生は仙人みたいな風貌をしていて僕は彼が好きだった、僕も仙人になりたかったから

先生は前歯が1本欠けてた
若いころ革命運動を起こして機動隊に折られたらしい

勉強は好きじゃなかったけど先生に気に入られたかったから世界史だけは頑張ってた

というかとにかく見栄を張ってた
他のやつとは違うんだぞってとこを無理矢理見せようと日々奮闘していた

だから先生の中で僕はイギリスの紅茶に詳しくてチンギスハンの血を引いていてドイツでの靴職人の修行経験があるインカ帝国の末裔ということになっている

先生は数ヶ国語を喋れて僕達にもよく
言語は世界への架け橋だから勉強するんだぞと言ってた

授業中の雑談が多い先生がテスト前に
1時間でビザンツ帝国を滅ぼしたときこう言った
「この中で英語が喋れる人はいるの?」

教室の中で留学経験のある3人が手を挙げたのでもちろん僕も負けじと挙手した、ちなみに英語は全然喋れないアイムファインセンキュアンドュ

先生はほうほうと言った感じで自分の顎を撫でるとまたこう訊いた「じゃあ中国語が喋れる人は?」

先程の英語喋れるピープルがすっと静かに手を下ろした

僕も黙って手を下ろそうとしたがそのときある考えが頭に浮かんだ

ここで手を挙げてたらめっちゃかっこいいんじゃないか?

英語出来る人は割といても中国語となるとそういない ということはここで中国語できる生徒ということになれば目を引くことは間違いないアル

覚悟を決めた僕は自由の女神のごとく挙げた腕をさらに真っ直ぐ伸ばした

静寂に包まれた空間で僕だけが手を挙げている
少しのざわめきが収まったあと教室中の目線が僕に集まる

右隣の高橋さんは耐えきれず「ングッ」と笑ってた

先生は軽く拍手をすると「素晴らしい」と言った
誇らしかった、あの先生が僕を褒めている

すました顔で「謝謝(シェイシェイ)」と呟きゆっくりと手を下ろした僕に先生はこう言った

「佐藤、なら何か喋ってみてくれ」

喋ってみてくれ?何を?

頭の中でバスティーユ牢獄に火がつき民衆が狂ったように雄叫びをあげて喚き始めた
僕の中のルイ16世が「そう来るとは思わなかった」と絶望している

「中国語を何か喋ってみてくれ」

先生の目は真っ直ぐ僕を見つめていて
決して意地悪をしようとしている感じではなかった

純粋に僕を信じて聴いてみたいと思っているのだ
コーランをアラビア語で読破したことになっている
僕の中国語を

目の前に迫る無敵艦隊を前に僕の中のナポレオンが
「もう行くしかない」と囁いた

そうだ、成せばなるオクタウィアヌスなにごとも

起立してカラカラになった口を開くと静かな教室に
僕の声だけが響いた

「緑一色(リューイーソー)...」

高橋さんが「ンゴフッ」と変な声を漏らした

先生はハンニバルに奇襲を食らったスキピオみたいな顔をして「え?」と聞き返した

もう後には引けないと判断した僕はこれでゴリ押すことにした

「四暗刻(スーアンコウ)、一盃口(イーペイコー)」

高橋さんのうめき声だけがこだまする教室で先生の
目を見つめたまま静かに着席した

野球部のキャプテンをしている古賀だけが本当に中国語を喋ったと勘違いしており目を輝かせながら
「すげえ、すげえ」と繰り返していた

先生は戸惑った顔で「うん、ありがとう」と言って
授業を再開した

カッカッカッカッ...と黒板を叩くチョークの音に包まれながら
僕は恥ずかしくてたまらなかった

小籠包があったら入りたい、そんな気分だった

まさか当てられて喋れと言われるとは思わない
真っ赤になった僕の顔を赤壁と勘違いした曹操と劉備が戦を始めた

笑いを堪えて机に突っ伏している高橋さんを横目に
別に全然恥ずかしくありませんよの顔でノートを取った

授業が終わると僕は先生に呼び出された
うわ絶対怒られるやつだと悟った

これを機に僕の数々の嘘がバレて僕も前歯を折られるんだ重い足取りで先生の元へ向かった

ところが先生は笑っていた
「お前は面白いやつだなあ」と僕の肩に手を乗せると紙袋に入った一冊の本を手渡してきた

「言語は世界へ駆けるための羽だよ、ぜひ勉強しなさい」

僕は泣きそうになった
この人は中国語を喋れると嘘をつき麻雀の役を並べた僕を許し学びのチャンスをくれたのだ

この人のようになろう、そう決めた瞬間だった

家に帰り紙袋を開けると読み古された本が入っていた

『これだけで勝てる!麻雀基本形80』

中国語の本じゃないんかい

あれからもう一年以上経つけど
僕は先生のあの優しさを忘れていない
いつか僕もあんな優しくて強い人間になるのだ

人を騙したりするのはとってもいけないことだ
世界中の戦争もきっと小さな嘘から始まる
世界が歪んでいるのは僕の仕業かもしれない

僕が英語と中国語をおぼえたら世界は平和になるだろうか

そんな根拠がないのを言い訳に僕は勉強せずにいる
でもいざとなれば、僕はロンの声をあげる

どこかから借りた牌を先生の欠けた前歯に足して
平和(ピンフ)でアガリ

愛と勇気と健康で地球は回っている
だから今日も僕は愛を込めて叫ぶ

みんな、我爱你(ウォーアイニー)だよ


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