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見えない自由がほしくて

東京ではSuicaなんだって、最近知った

福岡だとSUGOCAっていうICカードで電車に乗る
すごかって言ってるけど別に普通のカード

僕の地元はかなりの田舎で最寄り駅まで30分くらい
かかるから駅まで行くのに交通手段が必要だった

そんな環境だったから誰ひとり電車なんて乗らなかったもちろんそのSUGOCAだって持ってなかった

でも僕はある日、SUGOCAを手に入れることになる

高校生の夏に彼女と花火を見に行くことになった
夏だよ、高校生の夏、いいでしょ

ふたりで浴衣着て行こうって言ったら喜ばれた
(本当は私服に自信ないから着たくなかっただけ)

浴衣も下駄も買って髪もかっこよく切って準備万端
どのタイミングで手を繋ぐかとか怖い人に絡まれたらどういうセリフで撃退するかとかを真剣に考えてた

無言で睨み返すのがいちばんスマートでカッコイイって結論に至ったのは前日の夜だった

そんなときにひとつ重大なことに気づいてしまった

「切符でいいのか?」

切符を買うのか?彼女の前で?
ダサって思われたらどうしよう
この人切符買うんだとか思われたら全て終わる
いや待てよ彼女もカードとか持ってないはずだ
じゃあそこで俺がカードで改札通ったらめちゃくちゃカッコいいとこ見せられるのでは?

そんな考えが山手線みたいに頭の中をぐるんぐるん
してる間に、僕は30分離れた駅に着いていた

走って行った

息切れがすごくて蒸気機関車みたいだったと思う
蒸気機関車知らんけど、ぽっぽー

駅員さんに「カードください!」って言った
めっちゃ驚いてた

駅員さんの声が中川家のモノマネみたいな声じゃなかったから僕も驚いた

駅員さんに合わせた方がいいと思って変な鼻声で
「カードください!」って言ったのに

駅員さんは「名前入れますか?」って訊いてきた
「イニシャルとか入れれますか?」って尋ねたら
どうやらそういうことではなかったらしい

でもよくわからなかったから入れてもらった
カタカナで僕の本名がフルネームで記されてた

ただ僕が書類に書くとき間違えたらしくて
「サトウ」が「サトオ」になってた、巨頭オ

ついに僕もSUGOCAを買った、これで都会人だ
博多にも天神にも行ける、大名で服も買える

外はもう暗くなってて星が綺麗だったから
僕は適当に見えた星をいくつか繋げて記念に
「SUGOCA座」を作った、長方形のやつ

一回目を離したらどの星だったかわからなくなったから適当に作り直した、素敵な星座だな〜って思って帰った

次の日、案の定浴衣を着るのにかなり手こずって
ようやく駅に辿り着いた、昨日来たばっかの駅に

僕はここでまたあることに気付く

「練習してない...!」

練習してないからピッのやり方がわからない
なんとなくは知ってるけど詳しくは知らない
もしドヤ顔でピッをやろうとして失敗したら?
そんなのそのまま改札に挟まれて死んだ方がマシだ

都会人はみんな財布のままピッしてた気がする
しかし俺の財布でもそれはいけるのか?
なんかピッ専用の財布とかあるんじゃないか?
だとしたら俺のはピッに対応してない財布では?

そんなことを考えてる間に彼女は切符を買って
改札の向こう側に行って僕を待っていた

もう行かなければ、心臓が止まりそうになる

頭の中で発車ベルが鳴り、あの駅員が中川家のモノマネみたいな声で急かす

駅員の笛なのか僕の心臓が止まった心電図なのか
ピーーーーとけたたましい音が耳をつんざく

もう行くしかない

選んだのは財布から出して生身でピッすることだった

祈りを込めるように、焦りを誤魔化すように
やや強めにカードを改札口に叩きつけた

か弱い「ピッ」という音が鳴った瞬間
僕の心電図もピッ...ピッ...ピッ...と動き始めた

成功した!!!!!!!!!!!!!
やった!!!やったよ!!!!

はじめてのピッ

彼女は「先輩カードなんですね!かっこいい!」
と目をキラキラ輝かせていた

僕はまた成長したのだ

大人の階段と同時にホームの階段を登った
下駄のカランカランって音がふたりぶん重なってた
これは僕を祝福する音だと勝手に決めた

4回くらい転びそうになってから目的のホームに着いて電車に乗った

お年寄りに席を譲って優しい男を演じる計画を立ててたけど人がいないから余裕で座れた

隣で揺れてる海色の髪飾りが綺麗でずっと見てた
席を譲るお年寄りを待ってたけど結局来なかった

手は気付いたら繋いでたし怖い人にも絡まれなかった

あっという間に花火は全部終わった
補導されないように急いで駅に向かった

帰りは余裕を持って優しくピッした

そんなこんなで夏が終わった

その子とはもう1、2年連絡取ってないけど
「サトオ」のSUGOCAはまだ使ってる

都会に出てきたからピッする機会が増えたけど
ピッするたびにあの夏を思い出す

ピッ

この弱々しい機械音は若かりし頃の僕の鼓動だ

僕の財布は別にピッ対応してないやつだけど
もう財布ごとピッしてる、優しくね

あの子がいなくてもお年寄りには席を譲る
揺れる吊革見てると髪飾りを思い出して懐かしくなる

水色のシーブリーズの匂いと共に蘇る記憶を
SUGOCAと一緒に財布に畳んでピッする

今年の夏も「SUGOCA座」見えるといいね



ピッ


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